『おちょやん』第18週「うちの原点だす」

第89回〈4月8日(木)放送 作:八津弘幸、演出:小谷高義 〉

朝ドラ『おちょやん』8月15日、終戦。日本は負けた 終戦の日、朝ドラの女たちはどうしていたか
イラスト/おうか
※本文にネタバレを含みます

終戦の日、朝ドラの女たちはどうしていたか

食べ物を売ってもらおうと訪ねた農家の嫁(岡部尚子)から「あんたらがちやほやされてええ気になっていた間も、うちらは泥まみれで畑耕してたんや」「あんたらもちっとは世の中の役に立つことしてみいな」と言われた千代(杉咲花)は芝居のセリフが出ないほど追い詰められる(第88回)

【前話レビュー】福助と百久利が戦死…ますます悲愴さを帯びる千代のひとり芝居

その翌日、8月15日、終戦。日本は負けた。


一平(成田凌)は仰向けに寝そべって終戦を迎え、みつえ(東野絢香)は布団に入ったまま。シズ(篠原涼子)は戦争が終わったら飲もうと思っていたとお茶葉を出す。彼女の「お茶入れましょ」は『カーネーション』(2011年度後期)のヒロイン・糸子(尾野真千子)が第75回で、玉音放送を聞いたあと、「さ、お昼にしよけ」と気持ちを切り替えて台所に向かう場面と近いだろう。朝ドラユニヴァースとしては、同じとき、岸和田では糸子が台所に立ち、道頓堀ではシズがお茶を煎れていたことになる。

終戦直後はけだるそうだった糸子だが、すぐにもんぺからアッパッパに着替え開放感を味わう。『ごちそうさん』(2013年度後期)のヒロイン・め以子(杏)は第132回、終戦の日、疎開先の農家にいて、玉音放送を聞きながら「終わった?」とキョトン顔。その後、すぐさま大阪市内に戻ってくる。ただし天満の家は空襲で焼けている。

同じく道頓堀で寄席を経営している『わろてんか』(2017年度後期)のヒロイン・てん(葵わかな)は最終回も近い第148回、疎開先で終戦を迎える。そのときの彼女の心情は描かれず、1カ月後に道頓堀に戻ってくる。最終回では焼け跡に簡易な劇場を建て公演を行うことになる。

『べっぴんさん』(2016年度後期)では第12回が終戦。
神戸の生家である豪邸が燃え、すみれ(芳根京子)は赤ちゃんを背負って丘の上から神戸の街を見つめる。菅野美穂のナレーション「本当に大変なのはここからなのです。それでもすみれは母として前に進んでいくのです」があって、すみれはそこから自立していくことになる。

朝ドラ『おちょやん』8月15日、終戦。日本は負けた 終戦の日、朝ドラの女たちはどうしていたか
写真提供/NHK

終戦をドラマのきっかけにもってくるか、終盤の試練にもってくるかでもだいぶドラマの印象は変わる。ヒロインが被る圧がずいぶん違ってくる。0からはじまるのと、得たものを失ってなおも立ち上がるのと。

『カーネーション』の場合は中盤に終戦が描かれたことで、戦争もあくまで人生の流れの一部であり、生きる苦しみは断続的に訪れ、同時に歓びも同時に訪れていくように感じられる。

『おちょやん』もどちらかといえばそれに近い。なにしろ千代は生まれたときからずっと苦しんでいるから。

彼女が終始戦っているのは「同じ人間」として扱われたい願いなのである。それが彼女の原点である演劇『人形の家』のセリフに現れている。

「私は人間です」

戦争に負けたら父・福助(井上拓哉)は無駄死にじゃないかと絶望する一福(歳内王太)を励ました千代は、家の外に出て『人形の家』のセリフを諳んじはじめる。イプセンの書いた『人形の家』は今ふうに言えば、ジェンダー問題を描いた物語で、女性は母として妻として生きるべきという考えに主人公は反抗する。


「私はただ、しようと思うことは是非しなくちゃと思ってるばかりです」

千代はこのセリフを繰り返し、そうしていくうちにエンジンがかかっていく。千代は芝居のセリフを通して、自分の気持ちを整理している。やがて、

「なによりも第一に、私は人間です。ちょうどあなたと同じ人間です」
「社会と私と、どちらが正しいのか決めなくてはなりませんから」

と強い口調で発する。

空を見上げると、まばゆい太陽。彩雲も光っている。一平も出てきて、「社会と私と、どちらが正しいのか決めなくてはなりませんから」とセリフを言って、すっきりし、「祝電や」と言ってでかけていく。

このとき、一平は「私はただしたいと思うことは是非しなくてはならないと思うばかりです」と言っている。ちょっと千代と違うので、青空文庫にある島村抱月訳の『人形の家』を確認してみた。そこには“私はたゞしようと思ふことは是非しなくちやならないと思つてるばかりです。”とある。千代は正確に覚えていて一平はちょっと間違えていることがわかった。
千代は何度も何度も繰り返し覚えたセリフ。一平は初めて口にしたけどだいたい覚えているという感じだろうか。間違っていても堂々と朗々と語っていて伝わってくるのが役者の力だと思わせる。

朝ドラ『おちょやん』8月15日、終戦。日本は負けた 終戦の日、朝ドラの女たちはどうしていたか
写真提供/NHK

千代の場合、ジェンダー以前に、社会の構造のなかで貧困層として不遇な人生を送ってきた。彼女が『人形の家』を語ると、夫(男性)が女性を抑圧する物語が、夫が「社会」としての弱者の壁として立ちはだかってくる。

「おまえは自分の住んでいる社会を理解しない」

う〜ん、腹の立つセリフである。千代はそれが社会の決まりだからと済ませたくはない。「あなたと同じ人間」であることを示していく、決意表明が「社会と私と、どちらが正しいのか決めなくてはなりませんから」というセリフである。

『おちょやん』の朝は、同じ人間として生きる決意と共にある。

ただし、その最も大事な表現が、名作のセリフの「いただき」(引用)であることが惜しい。原作ものの脚色を得意とする脚本家らしく、非常に見事に取り入れているのだけれど。

笑いもある

シリアス回だが、唯一、一福が父を思ってトランペットを吹こうとすると、千之助(星田英利)がツッコむ。家庭劇の面々も戻ってきた。


【関連記事】『おちょやん』87回 寛治、満洲でまさかのテルヲ化 お給金を送る約束はどうした
【関連記事】『おちょやん』86回 大阪に空襲 安置所に眠る菊と福松と対面する千代たち
【関連記事】『おちょやん』85回 ついに道頓堀に空襲が……岡安は!? シズは!? 無事を祈りつつ次週へ



■杉咲花(天海千代役)プロフィール・出演作品・ニュース
■成田凌(天海一平役)プロフィール・出演作品・ニュース
■名倉潤(岡田宗助役)プロフィール・出演作品・ニュース
■星田英利(須賀廼家千之助役)プロフィール・出演作品・ニュース
■渋谷天笑(須賀廼家天晴役)プロフィール・出演作品・ニュース
■大川良太郎(漆原要二郎役)プロフィール・出演作品・ニュース
■松本紀代(石田香里役)プロフィール・出演作品・ニュース
■篠原涼子(岡田シズ役)プロフィール・出演作品・ニュース
■桂吉弥(黒衣役)ニュース


※次回90回のレビューを更新しましたら、Twitterでお知らせします。
お見逃しのないよう、ぜひフォローしてくださいね

番組情報

連続テレビ小説『おちょやん

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami
編集部おすすめ