『おちょやん』第21週「竹井千代と申します」

第101回〈4月26日(月)放送 作:八津弘幸、演出:梛川善郎〉

朝ドラ『おちょやん』涙に暮れる人生だった主人公・千代についに光が当たる ここから『シン・おちょやん』
イラスト/おうか
※本文にネタバレを含みます

花車当郎、千代の救世主となるか

一平(成田凌)が劇団員の灯子(小西はる)との間に子供を作り、千代(杉咲花)は失意を抱えたまま道頓堀を出ていった。それから1年後。昭和26年、2月。
新たな風が吹いて来た。千代の俳優としての才能を理解し、求める人物が現れる。

【前話レビュー】離婚した千代と一平 モデルの浪花千栄子・渋谷天外の史実がまたかなり壮絶

それは花車当郎(塚地武雄)。戦時中、防空壕に避難したとき、ギスギスした空気を当郎と千代の即興漫才で変えたことがあった(第83回)。当時から彼は注目の芸人だったが、昭和26年、ますます人気を高めていた。

その当郎がNHK大阪中央放送局のラジオドラマ『お父さんはお人好し』の相手役に千代を推薦する。

生まれてこの方いいことのなかった千代に光が当たる時がやってきたのだ。だが、そこに至るまでにはもう少し時間がかかる。NHK側は人気女優の箕輪悦子(天海祐希)を相手役に推し、無名の千代起用に乗り気ではない。

千代のモデルの浪花千栄子は、夫・渋谷天外と別れて劇団も辞めて身を潜めていたとき、NHK大阪のディレクター富久進次郎が見つけ出し、当郎のモデルとされる花菱アチャコのラジオ番組『アチャコの青春手帖』に起用され、注目されることになる。

それを機に浪花は映画にも出るようになり、お金も貯まって昭和28年、嵐山に旅館・竹生を建てる。それは彼女の終の棲家でもあった。
どん底からわずか2年で家(しかも旅館)を建てるのだからなかなかすごい。

ドラマに出てきた『お父さんはお人好し』は、実話だと『アチャコの青春手帖』のあとに作られた番組で、昭和29年から昭和40年まで長く続いた人気作となる。

『おちょやん』で『お父さんはお人好し』を書いた作家・長澤誠(生瀬勝久)のモデルは吉本興業で活躍した長沖一で、朝ドラでは漫才作家を主人公にした『心はいつもラムネ色』(1984年度後期)で國分良輔 (美木良介)として登場している。そこでは角野卓造が花菱ならぬ金菱アチャコを演じた。

一平は子供に優しい

「明日も晴れやな」

岡福を訪れた客が帰りに空を仰いで月を見ながら言う。その声に、岡福一同が一斉に外に出てきて空を見上げる。その頃、千代も同じ月を見ていた。

消えた千代を、月にビー玉を重ねる手から見せ、そこから主題歌に入る流れはドラマティック。ここではまだ母と父の写真と形見のビー玉を持ってひとり出て来た千代がどこで何をしているか明かされない。道頓堀の人たち側から物語を描く。

鶴亀新喜劇は千代が辞めてから客足は悪いまま。劇団員はみんな千代を心配している。一平は生まれてきた子供の新平をかわいがっている。
「ええのや、これでええ」と子供には嘘のない優しい顔をする一平。

一平のモデル・渋谷天外の著書『笑うとくなはれ』を読むと、天外は浪花と別れるきっかけになった妊娠騒動の前にも一度女性との間に子供ができたことがあり、そのときは母子共に亡くなっているという衝撃的なことが綴られている。その相手の名が大西はるというそうで、灯子役の小西はると同じ名前なのは偶然なのだろうかと奇妙な縁にドキリとなるが、それはさておき。


その後、劇団員・九重京子(『おちょやん』では灯子に当たる)と間に子供ができたとき、幼い頃に父母を亡くし、肉親がなく、できた子が唯一の肉親であったことが天外に長年連れ添った浪花よりも子供を選んだ理由とされている。肉親がなく、一度できた子供も失っているとあれば、次に生まれてきた子は大切にしたいと思う気持ちも無理はない。

ただ、当たり前の情ながら、その裏で泣いている人がいると思うとやりきれない。これこそ人間の理屈で片付けられない悲喜劇があるなあと感じるし、天外が女性関係のことを笑いにくるんで書いている裏には言えない気持ちがあるだろうなあと他人事としては興味深い。

ドラマではそういう最も書き甲斐なり演じ甲斐のある、果物でいえば種に近い最も甘い部分を描かず、皮のほうだけ描いていることが惜しい。とはいえ、デリケートな部分なので手出ししづらい気持ちもわかる。

「どないな人生やったんや……。私も竹井千代に会うてみたなった」

ラジオドラマ『お父さんはお人好し』が始動。箕輪悦子に相手役が決まりかかっていたが、当郎が千代を推すので、NHK局員たちが千代を探すことになる。


本心は、有名女優の箕輪悦子がいいので、探した振りをするつもりが、演出助手の桜庭三郎(野村尚平)が見つけてしまった。

桜庭「手抜きなんかしてまへん」
プロデューサー酒井光一(曾我廼家八十吉)「そら、ええこっちゃ」
桜庭「おかげで見つかりました」
酒井「そうか、それはなにより……何ーっ!?」

このやりとりはお約束の面白さ。

「戦争で失われてしまった家族の団らんを取り戻したい」と思って台本を書いている長澤は、ひとりでも多くの人にラジオドラマを聞いてほしいから、知名度の高い箕輪悦子のほうがいいと思いつつも、当郎を尊重し、千代のことを調べる。千代が失意でもう死んでいるのではないかという心配に対する皆の証言に心を動かす。

「彼女を知る人は皆、口そろえてこない言うてた。『そないなことで死ぬのやったら、彼女はもうとっくに10回は死んでる』って。どないな人生やったんや……。私も竹井千代に会うてみたなった」

この長澤のセリフはキャッチーである。生瀬勝久の思わせぶりな言い方も適切。「どないな人生やったんや……。私も竹井千代に会うてみたなった」このセリフから『おちょやん』がはじまったら良かったんじゃないか。いや、ラスト3週にして、ここから本当の『おちょやん』がはじまるのだ、きっと。
言わば、『シン・おちょやん』!

京都にいるらしき千代は、懐かしい顔に囲まれていた。幼少時、千代を追い出した継母・栗子(宮澤エマ)。そして、昔の千代にそっくりな少女・春子(毎田暖乃)。果たして彼女たちはーー。

余談だが、NHKに“常に流行を把握”と書いて貼ってあったことに注目した。

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番組情報

連続テレビ小説『おちょやん

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami
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