「愛について」と言われると、少しこそばゆい。仕事で文章を書く以外では改めて考える機会もないけれど、ふんわりと自分と愛について考える作品に出会った。
それが『ソウルメイト』(Netflix)だ。

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◆これは紛れもないラブストーリー

“ドラマは約10年前の日本から始まる。アイスホッケー部に所属する鳴滝 琉(りゅう/磯村勇斗)は、チームメイト・及川新(水上恒司)からの告白に戸惑う。同時に部内には新の恋愛志向に関する噂が横行して追い込まれ、ついには自殺未遂をしてしまう。この顛末に責任感を感じた琉は、幼なじみの東雲澄子(橋本愛)が住むドイツへ逃げる。どうしても日本にはいられなかった。

時を同じくしてもう一人、人生の岐路に立たされた青年がいた。ボクサーのファン・ヨハン(オク・テギョン/2PM)だ。妹を養うために八百長を繰り返す罪に苛まれていた。琉とヨハン。ともに抱えきれない感情を持て余していた。そんな二人が偶然出会い、少しずつ心を通わせていく“

ストレートなラブシーンはないまま、物語は進んでいく。
途中、このドラマはラブストーリーなのか、ヒューマンストーリーなのか、友情物語なのか首をかしげた。が、すべての鑑賞が終わる頃には「これは紛れもないラブストーリー」だと気づく。

まずは互いの傷ついた心を察知して、左手、右手とまるで交互のように救いの手を差し伸べていくふたり。琉は出会ったばかりのヨハンの快活さに笑いを取り戻し、新しい人生を模索していく。おそらくこの頃の琉にあった感情は、感謝だったはず。そしてヨハンがボクサーでありながら一般市民に暴力をふるってしまい、韓国では顔を出しづらい状態に。そんなヨハンを見た琉は、自分の経験を踏まえたのか異国である日本で暮らすことを提案する。

「ヨハン、一緒に暮らそう、日本で」

号泣するヨハン。ここでやっとふたりの生活が始まる。本作の脚本を担当したのは、小説家でもある橋爪駿輝。そのせいだろうか。セリフひとつひとつが印象的で、ロケ地の美しさも相まって、脳が物語に吸い込まれていった。


◆愛情の形とは?

穏やかな生活が始まったかと思いきや、ふたりに再び事件が訪れる。妊娠中の澄子の夫であり、琉の友人でもあった相沢精一(古舘佑太郎)が事故で亡くなる。失意のどん底にいる澄子にヨハンは「一緒に住もう」と言う。琉からの愛情がつながれていく瞬間だった。やがて澄子の娘が生まれて、4人の生活が始まる。ここでヨハンが娘の叶宇(かなう)をひたすら愛おしそうにしているシーン、私は大好きだった。一般的に想像できる、父親が娘にかける愛情そのまま。日本やアジアには血縁を重んじる風潮があるけれど、それはあくまでも社会通念であり、直接的な関係はないのだと思い知らされるあたたかな風景だった。

このシーンから思い出したシチュエーションがある。以前、参加した同級生の集まった田舎の地元の飲み会だ。8人ほどの参加者で独身は私だけで、ほか全員は実子がいる女性だった。なんとなく口にした私のひと言に全員が反応した。
「結婚して相手に子どもがいても、仮に養子を迎えたとしても、生活は楽しいと思うんだよね」。まるで珍しいものを見るような視線で、彼女たちは口々に言った。「やっぱ自分で産んだ子どもが可愛いから」「産んだ子以外は嫌だな」「人の産んだ子を愛せるかどうかねえ」「まだ産めるんだから、あきらめちゃダメだよ!」。発言に悪気がないのは分かった。自分を否定されているわけではない。とはいえ、少しショックだった。

そんな記憶をなだめるかのように、『ソウルメイト』には大きな愛情が流れていた。それは恋愛でもあり、家族を思う気持ちでもあり、友を重んじる感情でもあり。ソウルメイトとは“前世から繋がりがあり、魂レベルで惹かれ合う存在”といった、意味を示唆している。タイトルがあらわすように、登場人物たちの間を流れる愛情が、彼らを強く結びつけていた。ラストにはもう少しだけ、ふたりの愛を試すような事件が起きるが、これから見る人にはその意味を確かめてもらいたい。

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