静岡県沼津市に、沼津港深海水族館がある。年間35万人近くの来館者数を誇る日本で唯一の深海水族館だ。
この水族館には世界で唯一という冷凍標本があるという。ジャーナリストの高野真吾さんの『シーラカンスに会いに行く』(ポプラ社)より、紹介する――。(第1回)
■深海に生息する「生きる化石」が5体
「当館では本物のシーラカンスの標本を5体展示しているのですが、皆様、5体すべてご覧いただけましたでしょうか」
「2階に上がってきてすぐのところに木でできたカヌー、船が展示されていたかと思います。その後ろ側にあった、シーラカンスがかつて生息していた古代の海を再現したジオラマがありまして、その中にあった2体の黒っぽい色をしたシーラカンスが本物のシーラカンスのはく製標本となります。そして皆さんの目の前にありますこちらの茶色いシーラカンスも、同じくはく製標本です」
「そして最後はこちらですね、皆さんの後ろ側にあります六角形の冷凍庫の中には2体の冷凍標本を展示しております」
女性スタッフが明るく、聞き取りやすい言葉で、ポンポンと説明を続けていく。時は、2025年7月28日の月曜日。平日の午前中ながら、優に30人超が彼女を囲んでいた。夏休み期間に入っていたこともあり、小学生とその保護者が目立つ。中にはノートを広げ、コツコツとメモを取っている子どももいた。
■世界中で唯一の冷凍保存のシーラカンス
彼女は「特に注目していただきたい」として冷凍標本を推した。説明によると、はく製は内臓などの中身をすべて取り除き、残った皮の中に詰め物を入れて縫い合わせる。かたや冷凍標本は、中身そのままで凍結保存しており、血液、筋肉、内臓などがすべてそろっている。
その冷凍標本の価値を、彼女は次のように強調した。
「大変貴重な標本になります。しかも、この冷凍保存されたシーラカンスをご覧いただけるのは世界中でも当館のみですので、ぜひいろんな角度から写真を撮ったり観察したりしてもらえたらと思います」
「大変貴重」「世界中でも当館のみ」との言葉に、「すごいね」と言葉を交わす親子連れがいた。大人だけのグループでも、フムフムと反応する様子が見られた。
スタッフはこの後、ヒレが10枚あることやエサの捕まえ方、背骨がない代わりに脊柱があることなどの生態の解説を続けた。脊柱の柔らかさは「ちくわのよう」と海外の文献を引用しながら表現。集まった人たちに楽しく聞いてもらいたいとの工夫が随所に感じられ、好感が持てる。
15分ほどの説明の間、子どもも大人も一様に、熱心に聞き耳を立てていた。子どもの集中力は短いため、ずっと話に関心を持ち続けてもらうのは難しいものだ。都度都度の反応を見ながら、ブラッシュアップしてきたに違いない。
水族館スタッフたちの意欲的な姿勢を感じた。僕自身もシーラカンスへの知識を確認できたし、子どもたちとシーラカンスの標本を一緒に観察できた楽しいひと時となった。

■なぜ、沼津なのか
先のスタッフが言っていた「当館」は、「沼津港深海水族館 シーラカンス・ミュージアム」を指す。その名の通り、静岡県沼津市の沼津港にあり、JR東海道線「沼津駅」南口からバスで約15分、タクシーで5~10分ほど。彼女は午前11時から開かれた「シーラカンス解説」のイベントで、来場者に話をしていた。
一帯は「港八十三番地」と呼ばれる商業施設になっている。ライド型の深海シューティングアトラクション「ディープシーワールド 深海王国」や最先端VRアトラクション「ディープクルーズ」もある。飲食店も充実していて、浜焼き、寿司、海鮮丼のほか、沼津産鯖サンドを売っている「cafe ラティメリア」も店を構える。
鯖サンドは文字通り、焼いた鯖をパンにはさんだもの。僕は大学生の頃、本場のトルコ・イスタンブールで食べたが、非常に好みの味だった。焼き鯖とパンは意外にも相性がグッド。とても気に入り、2日連続で同じ店に食べに行った。
僕はここ数年来、陸と海でシーラカンスの取材を続けている。シーラカンスと入力しネット検索すると、沼津港深海水族館が上位に表示される。
当然、気になって水族館のサイトを開く。
スタッフが説明したように、はく製3体と冷凍2体のシーラカンスを展示していることは分かるのだが、「なぜ、沼津?」との疑問への答えは載っていない。シーラカンス標本の貴重さからすると、国や地方が関わる施設こそふさわしそうだが、ここはどうも民間の水族館のようだ。
■駿河湾の魚がずらり
自称「シーラカンス追っかけ」からすると、ぜひ真相を知りたくなる。7月上旬、水族館の問い合わせフォームから取材依頼を送ってみた。
すると、運営する佐政水産株式会社(本社・静岡県沼津市)の代表取締役社長で水族館の館長である佐藤慎一郎さんが取材に応じてくれることになった。
7月19~21日の3連休以外で、かつ8月の繁忙期となる前にというメールをもらったので、7月28日の平日に出向いた。
ポプラ社で本書を担当している女性編集者と沼津駅で待ち合わせ、開館時間の午前10時少し前に現地に到着する。僕も彼女も初訪問だったので、佐藤さんとのアポの前に館内をひと通り見学することにした。
1階には沼津港がある駿河湾に生息する魚を中心とした水槽が並ぶ。僕はダイバーで、大学生の頃には魚を被写体とする水中写真を撮っていた。水中写真のコンクールへの応募歴もある。
そんな魚好きには、こちらの展示は特に魅力的。
お団子のような丸いフォルムをしたダンゴウオは、ダイバーの人気者だ。そのダンゴウオ科に属し、お菓子の金平糖のようにゴツゴツしている「コンペイトウ」がいて、大いに萌えた。いくらでも過ごせるが、持ち時間に限りがあるため上階に向かう。
シーラカンスの展示は、すべて2階に集まっている。階段を上がると「シーラカンス・ミュージアム」の看板の下で、「シーラじい」が出迎える。目や口が動くシーラカンスの模型で、来場者に語りかけてくる。
「そこのあなた、そうそうそこのあなただよ」

「わしはここでずーっとあなたを待っておったんじゃよ、ふふふふふふふふ」

「自己紹介ぐらいさせておくれ。私はずっと昔からこの地球に住んでおるシーラカンスのシーラじいじゃ」

「いつからだって? 野暮なことは聞かないでおくれ。3億5000万年前からじゃよ。どうだ驚いたか! それじゃ中に入って、もっともっと驚いておくれ。仲間たちが皆さんを待っておる」

「ほーらほら、行った、行った! ここらでわしはもうひと眠り」
■ハリモグラや巨大復元図も
シーラじいに促され中に進むと、先のスタッフが触れていた「古代の海を再現したジオラマ」がある。
そのケースの手前には、「シーラカンス捕獲に使用したカヌー」が置かれていた。長さは3.5メートルほどだろうか。案内板には「現地では大人ふたりがこのカヌーに乗り込み、夜間にシーラカンス捕獲へ向かいました」とあった。
ジオラマには、アンモナイトや三葉虫に囲まれる形で2体のシーラカンスのはく製標本が置かれていた。こちらの2体は先の女性スタッフの言葉通り、確かに黒っぽい。
反対側は、南アフリカの博物館員でシーラカンスの第一発見者のコートネー・ラティマーさんや同じく南アフリカの魚類学者でシーラカンスと特定したJ・L・B・スミス博士の功績を紹介する展示になっている。6分ほどのポップなアニメでシーラカンスの「発見秘話」が学べる。小学校低学年の児童でも理解できるようなまとめ方に、水族館のサービス精神を感じる。
口絵や「大量絶滅(ビッグ5)」の年表や説明もある。その下には、生きているハリモグラがいるのだが、これにはもちろん理由がある。カモノハシと同じ仲間で「単孔類」に属するハリモグラは、2億年ほど前の三畳紀に誕生した。そして、ちょっと変わった哺乳類として、次の3つの特徴を持っている。

・繁殖方法は卵を産むこと(卵の大きさは直径1・5センチ、産卵数も1個だけ)

・体温調節が苦手で、外気の温度に左右される(変温動物に近い)

・卵から孵化した赤ちゃんは母乳で育てられる
哺乳類は爬虫類や鳥類から進化したと考えられているが、ハリモグラは、その進化の中間に位置しているかのような生き物だ。シーラカンスが両生類への進化の途中の魚であるのと似ているため展示されている。
その奥には、壁に巨大な模型が貼り付けられていた。第2章(『シーラカンスに会いに行く』)でも紹介したシーラカンス目マウソニア科の「マウソニア・ラボカティ」の復元図だ。全長が4メートルにもなるだけに、迫力満点。こんな巨大魚が悠々と海で泳ぐ姿を想像すると、実にワクワクする。
■解凍したら動き出しそう
そして開けた空間に出ると、いよいよ冷凍シーラカンスとの対面だ。マイナス20度の表示が出ている冷凍庫が一室のど真ん中にある。ケースの中には頭をそれぞれ反対に向けた冷凍シーラカンス2体が、台座に乗っかっている。来場者で賑わっていたが、できる限り近づいて観察してみた。
眼球はふくらみを持ってギョロリとしており、大きく開けた口の中には鋭い歯がのぞく。胸ビレや背ビレは泳いでいる時のような角度で固まっている。体表にある白い斑点は、生きている当時の白さを保っているようだ。
はく製標本は色やその質感から、やはり死後に作られたものとの雰囲気をまとう。この点、冷凍シーラカンスには「生っぽさ」がある。しげしげと眺め続けていると、解凍したら動き出しそうに思えてくる。血液や内臓をそのまま体内にとどめているからだろうか。展示物としての魅力は、はく製標本を明らかに上回る。
案内板には、次のような説明が載っていた。
「特殊な冷気の流れや大きな特注のガラスを使ったマイナス20度の空間。この特殊な冷凍庫にシーラカンスを収容することで、様々な角度からの観察が可能となっています。ガラス玉ではない眼球、鰓蓋から見える大きなエラ、生きていた時を思わせる口の中など、はく製とは異なったリアルなシーラカンスを間近に観察していただけるのです」
この半年間で会った僕の知人や友人のうち数人が、沼津港深海水族館に来ていた。子どもが小学生や未就学児で、「生き物好きのため連れて行った」という声が多かった。彼らが水族館の記憶で真っ先に挙げるのは、やはりこの冷凍シーラカンス。シーラカンス・ミュージアムと名乗っている水族館の中核をなしているだけに、大いにインパクトがある。
スタッフがイチオシするのにも納得できる。
この地で新しく知った事実があった。それは水族館で展示されているシーラカンスの標本5体が全部、「シーラカンス学術調査隊」によってアフリカのコモロ諸島から日本に持ち込まれたことだ。水族館の一角には調査隊の足跡を紹介するコーナーがあり、1980年代を中心に活躍したチームであることも分かった。
知識を深めようと調査隊の紹介文や年表を読み始めたところで、シーラカンス解説の時間となった。他の来場者に混じり、先のスタッフの話を15分ほど聞く。すると、すぐにアポの時間となったので、別のスタッフにバックヤードに案内してもらった。
水族館は見学時間の目安を「40分~1時間程度」としているが、僕らは2階のシーラカンス展示を全部見終わらないうちに、1時間を使い切ってしまった。
■重責担う4代目社長
ほどなく、水族館を運営する佐政水産の社長で水族館の館長である佐藤慎一郎さんと対面した。しばらく前に名刺入れをなくしてしまった僕はこのところ、手帳に自分の名刺を挟んでいる。
名刺交換の時に手帳を出すと、佐藤さんは「僕も同じ手帳派ですよ」と柔和な笑顔を見せた。偶然は重なるもので、佐藤さんと僕は1976年の同じ年生まれ。僕が3月生まれで佐藤さんは12月となるから学年としては一つ違いだが、まさに同世代だ。
ただし、僕と佐藤さんとでは、背負っているものの重さが全く異なる。基本的にひとりで企画を立て、取材に出向き、執筆するフリーのジャーナリストは自由の身だ。原稿の受け手となる編集者との付き合いはあるが、そんなに縛り合うことはない。
一方の佐藤さんは、家業である佐政水産の4代目社長。会社の規模は年商53億円(2024年9月期)にのぼり、従業員130人を雇用する責任も担っている。取引先は多数あるし、水族館がある港八十三番地は沼津の一大観光拠点だ。会社の数字以上の責任と期待を担っている。
それでも佐藤さんの口ぶりは穏やかだし、言葉からも人柄の誠実さが伝わってくる。そして僕と佐藤さんは立場こそ違えど、シーラカンスという共通項を持つ。取材は大いに盛り上がった。
■水産業だけでは沼津は食っていけなくなる
――なぜ沼津港で水族館を造ったのですか?
水族館があるこのエリアの名称「港八十三番地」は、ここの住所から取りました。もともとは僕の実家や佐政水産の本社があった場所です。それらを移動して、地元民や観光客で賑わう場所を創出することを目指しました。
沼津が寂れていくことへの危機感があるからです。沼津は水産業で栄えた街です。私は家業の関係で、子どもの頃から港に来ていました。ところが、中学、高校、大学と大きくなるにつれ、どんどん漁獲量が減っていった。
これだと、水産業だけでは沼津は食っていけなくなる。実際に沼津の人口は1995年がピークで、どんどん減っています。沼津港周辺はより深刻で、4割も減りました。
以前、アメリカへの視察旅行で、カリフォルニア州にある田舎の港町モントレーに行きました。どこにでもある港を脱却し、新鮮な魚介類を売りにしたレストランを建て、廃業した缶詰工場を水族館にリニューアルしました。その結果、年間800万人が訪れる場所となったのです。
2011年に港八十三番地をオープンさせるにあたり、海鮮が楽しめる飲食店をそろえました。と同時に、集客の核となる施設として水族館も造りました。
■120館以上の水族館大国日本で、深海は沼津だけ
――水族館は「沼津港深海水族館」と、深海を打ち出しているのが特徴です。
沼津港が面している駿河湾は、最深部2500メートルと日本一深い湾です。沼津がある静岡県の日本一としては富士山が有名ですが、駿河湾も誇れる資産です。
水族館大国の日本には120館以上の水族館があります。世界では500館以上があると言われています。人気者のイルカやペンギンを飼育、展示している水族館はどこにでもあります。差別化するならば地の利も生かして、深海に特化するしかありません。その狙いが当たり、年間35万人程度が訪れる人気水族館となりました。
こうなると、他の水族館が真似てもおかしくないのですが、そうはなっていない。深海生物は手に入れるのが大変なうえに、水温の変化や光に弱い。駿河湾だと捕獲してから数時間のうちに当館まで運ぶことができますが、他ではそうはいきません。
また、飼育方法も手探りです。イルカやペンギンだと病気になった時の薬まで準備できます。ところが、深海生物はエサ、水温、病気の対処法など、その時々に対処するしかありません。
例えば、メンダコはその愛らしい姿から「深海のアイドル」と呼ばれています。しかし、カメラのフラッシュでも弱ってしまうほど繊細で、世界中のどの水族館でも常設展示には成功していません。当館では試行錯誤を繰り返し、2016年に飼育最長記録を52日、その後さらに記録を伸ばして2025年3月には59日を記録しました。
こうしたチャレンジを繰り返し、ようやく100種類以上の深海生物を展示できるようになりました。
■標本5体は金沢から
――こちらは「シーラカンス・ミュージアム」の顔も持っています。
水族館を造ろうとした時、生きた深海生物以外に、さらにここでしか見ることのできない目玉を探しました。するとご縁があり、シーラカンス学術調査隊が日本に持ち込んだシーラカンスの標本5体にたどり着きました。学術調査隊のスポンサーになった男性が金沢にいて、5体を含む調査隊の成果物や調査物を保管していたのです。
シーラカンスは、国際的な希少動植物保護のためのワシントン条約の対象生物です。その扱いは、1989年にII類からI類にランクアップしました。研究目的以外の国際取引が禁止されたのです。学術調査隊の5体はそれ以前に、アフリカのコモロ諸島から日本に運ばれていました。
I類になると展示するためには、かつての環境庁、今の環境省からの許可が必要です。金沢の男性は、地元でシーラカンス博物館を開こうとしたのですが、長らく許可が出なかったと聞いています。やっともらった時は、バブル経済(1986年末~1991年初めの好景気)がはじけて、男性も歳を取ってしまい難しくなってしまった。そのタイミングで、うちが声をかけて、当館に来ることになりました。
――単に標本を展示しているだけでなく、説明もかなり充実しています。
東京の池袋にあるサンシャイン水族館で館長をしていた安永正さんが、当館の副館長になっています。深海生物に加え、シーラカンス展示でも力を発揮してもらっています。標本などはもらえたのですが学術調査隊との接点は全くないので、シーラカンスの説明書きも、学術調査隊の紹介も全部、我々の自前です。
深海生物もシーラカンスも、見せ方にこだわっています。日本の水族館は教育的な要素が強く、「学び」が前面に出がちです。生息環境をきちんと再現して見せようと努力するのは大切ですが、当館は没入感のあるエンターテインメント施設を目指しています。ディズニーランド風にしたほうが、魚に興味がない方にも喜んでもらえます。
中心に冷凍シーラカンスを配置した一室は、周辺の展示も「シーラカンス尽くし」です。ある壁面では本物のシーラカンスの脊柱や脳、卵などを並べ、別の壁では繁殖を解説しています。1階外側の出入り口からして、シーラカンスやタカアシガニのオブジェを配置し、入場前から期待値が上がる演出をしています。
――今後、水族館をどのように発展させたいと考えていますか。
当館の横には、コロナ禍で閉めてしまったイタリアンレストランの建物があります。2階同士がつながっていることから、将来的には拡張する構想を持っています。2011年の開業から階段とトイレ以外は、どんどんと変化させてきました。2025年も7月に「イマーシブディープシーワールド」をオープンさせたのですが、さらなる進化を目指します。
そして佐政水産がスローガンとして掲げる「沼津のあしたを、つくろう」の言葉通りに、沼津を盛り上げていきたいです。

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高野 真吾(たかの・しんご)

ジャーナリスト

1976年生まれ。埼玉県川越市出身。早稲田大学政治経済学部在学中に、早稲田マスコミ塾に入って文章を書く面白さに目覚め、1998年に報道機関に入社。社会、経済、国際ニュースに幅広く携わりながら、次第にネットニュースにも活動の幅を広げる。20代からマカオ、韓国、ベトナムなどの海外でカジノを経験してきた。

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(ジャーナリスト 高野 真吾)
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