■空港の駐機場で感じ取った異変
イリノイ州シカゴに住む技術者のケネディ・ウッダードさんは3月12日、出張でインディアナ州サウスベンドからシカゴへ飛ぶはずだった。
彼女は431.72ドル[約6万8900円(4月28日現在のレート、1ドル159.6円で換算、以下同)]のアメリカン航空のチケットを手に、いつもどおり空港のセキュリティを通過し、ゲートへ向かった。だが、搭乗口の先に待っていたのは飛行機ではなかった。
ふだんの搭乗時とは異なり、空港ターミナルから飛行機へと乗り込む搭乗橋へも案内されない。階段で直接駐機場に降りると、目の前にあったのはバスだった。乗客たちが機内持ち込みの荷物を積み込んでいる。
「ちょっと変だな、と思いました。飛行機に行くためのバス(ゲートから駐機場までを走るシャトルバス)なら、なぜ荷物まで預けさせるんだろう、と」。米テレビニュース局のABCニュースの取材に、ウッダードさんはそう振り返った。
座席は指定制。乗客が皆乗り込むと、運転手がフライトアテンダントよろしくクッキーを配り始めた。
■「7万円の航空券」の正体
この時点でウッダードさんは、「ああ、これがシカゴ・オヘア空港まで私を運んでいく乗り物なんだって、ようやく気がついたんです」という。
会社の出張予約サイト経由で手配していたため、航空券の中身までは詳細に確かめてはいなかった。とはいえ、アメリカン航空からの案内にも、一貫して「フライト」と書かれていたのだ。
約2時間40分のバスの旅の末に、ウッダードさんはオヘア空港内の到着エリアで降ろされた。彼女自身はこの体験を「爆笑もの」と語っており、3月16日にTikTokへ投稿すると、たちまち拡散した。
約1カ月後の4月19日時点で、再生回数は1700万回超。188万件の「いいね」と1万7000件を超えるコメントが殺到している。「携帯を(機内モードではなく)バスモードにした?」というジョークまで飛び交った。
だが、笑い話では済まない。アメリカン航空はこの区間で、フライトの代わりにバスを走らせている。乗客が気づかぬまま、「フライト」の名でバスに乗せられていたのだ。
■裏切られた「ファーストクラス」の夢
昨年10月、母と妹に再会するためチケットを買ったという、30歳ソーシャルワーカーのショーンテ・クロスリーさんも、“被害”に遭った利用者の一人だ。
デトロイト―アトランティックシティ間のフライトを予約したが、フィラデルフィアでの乗り継ぎ以降がバス便だった。バス移動になることには、全く気づいていなかったという。
そればかりか、ファーストクラスへの有償アップグレードを希望するか尋ねる確認メールまで届いていた。
米ワシントン・ポスト紙に彼女は、「バスでファーストクラスにアップグレードするってこと?」と戸惑いをあらわにする。
細部までを見ればたしかに、機体タイプの欄に「バス」との表示はあった。しかし彼女は航空会社がバス便を販売していること自体を知らず、バス移動は寝耳に水だったという。
工事会社を経営する49歳のパトリック・キーガンさんは、航空会社以外の予約サイトでラスベガス行きのチケットを購入し、念願のファーストクラスを予約。だが、最終区間がバス便であることは、実際に乗るまで気づかなかった。
「総額と所要時間だけをざっと見ていました」と語るキーガンさん。彼は、「朝5時、てっきり飛行機に乗れると思っていました」と振り返る。
「飛行機に関してはアメリカンは素晴らしい仕事をしてくれる」という彼だが、「ただ、バスだけはご免だ」と加えた。
■アメリカで広がる「航空便のような」バス
彼らを驚かせた仕組みの正体は、アメリカン航空と提携する「ランドライン(Landline)」というバスサービスだ。
2019年に創業しており、主要ハブ空港から約200マイル(約320km、東京―名古屋間に近い距離)圏内の中小都市なら、飛行機よりバスのほうが理にかなうという割り切りから生まれた会社だ。
米旅行情報サイトのポインツ・ガイがその歩みを伝えている。最初に手を組んだのはサン・カントリー航空。同年、ミネアポリスで運行を開始した。2021年にはユナイテッド航空もデンバー路線で加わった。
ただ、初期には厄介な壁があった。どちらのハブ空港でも、バスが着くのはセキュリティゾーンの外側、いわゆる「ランドサイド」(一般エリア)だ。乗客はバスを降りてから改めて保安検査を受けなければ、乗り継ぎ便には搭乗できない。せっかくバスで空港に直行しても、保安検査の列に並び直す手間がかかり、乗客はその利便性をほとんど実感できなかった。
2022年にアメリカン航空との提携を開始していたランドラインは、翌2023年にこの壁をついに破る。セキュリティゾーンの内側、いわゆる「エアサイド」(制限エリア)だけで乗り降りするバスを初めて投入し、フィラデルフィア―アトランティックシティ・アレンタウン間で運行を始めたのだ。
■航空便の短距離路線が縮小しているワケ
出発空港で一度保安検査を通過すれば、バスを降りた先でそのまま乗り継ぎ便のゲートへ向かえる。保安区域の中では、飛行機で着いた乗客とまったく同じ扱いとなる。
バス便にも、一応の利点はある。長い搭乗の列や地上走行(タキシング)の時間が省ける分、近距離であれば飛行機より速い場合がある。コスト削減や排出量の低減にも寄与するとされ、航空ニュース専門サイトのシンプル・フライングによると現在、エア・カナダやサン・カントリー航空ともバス便を運行している。
バス便拡大の理由についてワシントン・ポストは、地域路線を支えてきた小型機(リージョナルジェット、RJ)がもはや使われなくなりつつあるためだと解説する。現在ランドラインが運行する区間はいずれも、中~小規模の都市と大都市のハブ空港とを結ぶ路線だ。こうした区間では、リージョナルジェットによる運行が主流だった。
ところが、採算性の観点から、リージョナルジェットによる地域便は厳しい立場に立たされている。アメリカン航空のグローバル路線計画担当マネージング・ディレクターであるジェイソン・ライジンガー氏は2022年、米公共ラジオNPRの取材に応じ、ハブから車で1~2時間圏(運行距離50~75マイル、約80~120km)の都市へ飛行機を飛ばす事業について、経済的な合理性がもはや成立しないと述べた。
さらに、同社をはじめとする大手3社は慢性的なパイロット不足に苛まれ、全米数十の中小都市への地域便の運休を余儀なくされてきた。ランドラインならドライバーのみで完結し、パイロット2名と客室乗務員1~2名の人件費を削減できるほか、燃料費もジェット燃料より格段に安い。飛ばしたくても飛ばせず、仮に飛ばせても採算が合わない短距離区間で、バスが現実的な代替手段になっているという構図だ。
■航空会社の不誠実な販売手法
もっとも、バス便だと知って喜ぶ乗客は少数派だろう。
予約画面には「ランドライン運行」との表示こそあるが、チェックインは通常の航空便と同じ手順で進む。従って、画面上の注記を見逃してしまうと、自分の「フライト」にバスが含まれていると気づく手がかりがほとんどない。
アメリカン航空は、バス便を含むサービスでは予約時に「プレミアムモーターコーチ(高級長距離バス)」と明示されていると主張する。だが、その主張と乗客の実体験との間には深い溝がある。
同社はABCニュースへの声明で、ランドラインとの提携は、「シームレスな乗り継ぎ」を提供するものだと説明した。荷物を最終目的地まで通しで預けられるスルーチェックインに対応し、運賃タイプによってはマイレージプログラム「AAdvantage」のマイルも貯まる。
しかし、すっかり飛行機に乗れると思っていた乗客は、困惑するほかない。第一、バスの旅と知っていれば、ウッダードさんのように3時間弱の乗車に7万円近くを払うかも疑問だ。
■公式サイト以外での予約が危険なワケ
ランドラインのデイビッド・サンデCEOはフィラデルフィア・インクワイアラー紙に、「目標は乗り継ぎ便と同じ購入体験の実現」であり、「アメリカン航空の乗り継ぎ体験と完全にシームレスにするには、購入とデジタル面から始める必要がある。だからこそフライトのように表示される」と弁明した。
アメリカン航空の正規サイト以外でチケットを購入すると、問題はさらに大きくなる。旅行予約サイトなどにはランドラインの仕組みに完全に対応していないものも多く、一部がバス便となる旨の表示が十分に目立たなかったり、表示されなかったりすることがある。
アメリカン航空は外部の予約サイトにも改善を求めてきたという。だが、公式サイトでは表示されるバス区間のポップアップ警告が、外部サイトには反映できていない。バスは今も地域を結ぶ航空便と似た表現で堂々と売られ続けている。
バスで乗客を運ぶこのモデルの是非をめぐっては、航空業界の中でも判断が割れている。
ランドラインは今後、ユナイテッド航空との提携を全面的に打ち切る方針だ。ポインツ・ガイによると、デンバー国際空港―コロラド州フォートコリンズ間は7月31日で廃止。ニューアーク・リバティー国際空港―ペンシルベニア州リーハイバレー国際空港間も、9月1日に運行を終える。
ランドラインの副社長兼収益責任者のニコラス・ジョンソン氏は、「他の機会に集中する」とだけ述べ、撤退の理由は明かさなかった。
ユナイテッド側は、別の事業者と組み直す計画の有無については、明言を避けている。一方で同社は、アレンタウン(リーハイバレー国際空港)とシカゴ・オヘア空港を結ぶ直行便を8月に1日3便へ増便する方針を明らかにしており、バスで結んでいた区間を直行便の拡充に切り替える姿勢を示している。
■「騙された」と感じる利用者が続出
アメリカン航空は逆に、バス路線の拡大に舵を切った。シンプル・フライングによると、今年9月22日にフィラデルフィア国際空港―ニュージャージー州トレントン間の新路線を開設する。1日3便、片道約50分。これでフィラデルフィア発のバス便は計5つの路線に拡大する。
ユナイテッド航空が9月にバスから手を引くリーハイバレー国際空港にも、アメリカン航空のバスはすでに走っている。担い手が替わるだけで、乗客はバスに乗せられ続ける。
シンプル・フライングによると、アメリカン航空のバス接続の累計利用者はサービス開始以来20万人を超えた。バスでつながる周辺5都市はいずれもフィラデルフィアから100マイル(約160km)圏内。この距離なら飛行機を飛ばすよりバスのほうが安上がりで、航空会社にとっては好都合だ。
2025年夏以降、アメリカ北東部で1日あたり1500席の規模で運行している。バスだと承知の上で予約した一部の利用者からは「空港まで自分で運転するよりは便利だ」との声も上がる一方、騙されたと感じる利用者も少なくない。
■フランスでは短距離路線が「禁止」に
アメリカの航空会社がバスで地方路線を置き換えるなか、大西洋を隔てた欧州では、政府主導で短距離便そのものを廃止する動きが始まっている。
ただし、理由はまったく異なる。アメリカではコスト削減策だが、欧州では温室効果ガスの削減を目指す環境規制によるものだ。スイスの国際シンクタンクの世界経済フォーラムによると、航空業界のCO2排出量は、世界の輸送部門の12%を占める。業界は2050年までにネット排出量を2005年比で半減させる目標を掲げている。
こうした潮流の先陣を切ったのがフランスだ。米テレビ・ラジオ放送局のCBSニュースによると、同国は鉄道で2時間半以内に代替可能な国内線を法律で禁止した。乗客は高速鉄道への乗り継ぎを求められる。廃止対象はパリのオルリー空港発のボルドー、リヨン、ナント行きの3路線。
3都市はいずれもフランスが誇る高速鉄道網のTGVでつながっており、これを使えば飛行機よりはるかに短い時間で着く。
もっとも、この禁止法は額面どおりには機能していない。CBSニュースによると、禁止措置には適用範囲を大きく狭める条件がいくつも設けられている。代替の鉄道が十分な本数と定時性を備え、旅行者が日帰りで目的地に丸8時間滞在できる場合にのみ適用されるのだ。
■形骸化する「排出削減」
さらに致命的な抜け穴がある。鉄道で代替できるかどうかの判定で基準となったのが、シャルル・ド・ゴール空港(CDG)構内の駅だった。パリ市内には主要ターミナル駅が7つあり、高速鉄道はそこから四方に延びている。だがCDG空港駅から出る路線は、それとは比べものにならないほど少ない。
結果として、オルリー空港からボルドーへの直行便は禁止されても、CDG空港からボルドーへは堂々と飛べてしまう。影響を受けたのはオルリー発の3路線のみで、いずれも法の施行前にすでに運休済みだった。エールフランスやルフトハンザ、ライアンエアーなどが名を連ねる航空業界団体「エアラインズ・フォー・ヨーロッパ」の暫定代表、ローラン・ドンセル氏は、この法律を、「象徴的な禁止措置」と一蹴した。同氏は航空機の排出ガスに対する、「真の、そして重大な解決策」を支援するよう、各国政府に訴えている。
抜け穴はほかにもある。同法が禁じるのは直行便のみ。途中で別の空港を経由する乗り継ぎ便には、手が及ばない。この除外規定により、排出削減をうたう法の趣旨が完全に骨抜きになっている。
一例としてパリ―リヨン間では、オルリー発の直行便がかつて1時間弱で両都市を結んでいたところ、「無駄」とみなされ廃止された。ところが現在、オルリーから南部のニースを経由しリヨンへ折り返す迂回便は、合法的に運航されている。この迂回便では計3時間15分もかかる。
高速鉄道なら2時間で着く距離を、余計な離着陸を挟みながら3時間以上かけて飛んでおり、排出削減とは名ばかりの規制だ。
■知らなかったでは済まない航空券の落とし穴
アメリカや欧州を訪れる日本人旅行者も、こうした混乱に巻き込まれかねない。
特にアメリカの場合、航空券と紛らわしい形で一体となって販売されている点で悪質と言える。アメリカ国内の長距離区間を直行便で飛び、さらに短距離区間を乗り継いで最終目的地へ向かうような場合、乗り継ぎの区間が知らぬ間にバス便となっている可能性がある。
とりわけ警戒すべきは、正規サイト以外の外部予約サイトや旅行代理店を通じて手配した場合だ。バスに差し替えられた区間が含まれていても、航空便と同じ形式の便名が振られ、出発時刻や所要時間もフライトと見分けのつかない体裁で表示される。旅程表をざっと眺めただけでは、まず見抜けない。
自衛の手段はある。予約の段階で、旅程の各区間を一つずつ確認することだ。「motorcoach」「ground transportation」といった表記が、どこかに小さく紛れていないか。出発地点がターミナルではなくバス乗り場になっていないか。少しでも引っかかれば、航空会社の公式サイトで同じ旅程を検索し直し、各区間が本当に航空便で運航されるか確かめた方が安全だ。英語の予約画面に不慣れであれば、なおさら見落としやすい。
「航空券を買えば飛行機に乗れる」と、世界中の旅行者は疑いもしない。だがその前提は、いま静かに崩れはじめている。
----------
青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
----------
(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 昼夜兼用立体 ハーブ&ユーカリの香り 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Q-T7qhTGL._SL500_.jpg)
![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 就寝立体タイプ 無香料 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51pV-1+GeGL._SL500_.jpg)







![NHKラジオ ラジオビジネス英語 2024年 9月号 [雑誌] (NHKテキスト)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Ku32P5LhL._SL500_.jpg)
