仕事の視野を広げるには読書が一番だ。書籍のハイライトを3000字で紹介するサービス「SERENDIP」から、プレジデントオンライン向けの特選記事を紹介しよう。
今回取り上げるのは松永正訓『60歳からの人生を変える22の発想』(小学館新書)――。
■イントロダクション
長寿化の進展により「人生100年時代」という言葉もすっかり定着した感がある。かつて60歳は、定年退職して引退・隠居し第二の人生を歩む節目の年齢というのが常識だった。
しかし今では還暦という節目ではあるものの、再雇用・再就職などで現役を続ける人が多いのではないか。そんな中で定年世代はどう働き、生きるべきなのか。
本書では、ベストセラーの著作もある63歳の開業医が、自身の経験を踏まえて、60歳からの人生を安定・充実させるための心構えや発想、手法を22のテーマに分けて語っている。
大学病院の小児外科医として、また開業医としてのキャリアをそれぞれ約20年ずつ積んだ著者は、60歳を過ぎて体力・記憶力・感動力の衰えを痛感するが、だからこそ「この先の人生に向けて、今こそネジのまき直しが必要」と考え、60歳以降ならではの、ものの考え方や行動、チャレンジの仕方を考え直すことにした。
著者は医師・ノンフィクション作家。1987年千葉大学医学部を卒業し、小児外科医となる。2006年より「松永クリニック小児科・小児外科」院長。第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞した『運命の子 トリソミー』(小学館)、『開業医の正体』(中公新書ラクレ)など著書多数。
第1章 60歳を過ぎたら仕事を楽しむという発想を持つ

第2章 仕事の中におもしろさを見つけるコツ

第3章 60歳からの余暇の使い方

第4章 さらに人生を豊かにする方法
■「始めない」ことの重要さ
千葉大学医学部が生んだ最高のスーパー名医と言えば、中山恒明先生(1910-2005)だろう。
当時の第二外科(消化器外科)の教授で、食道がんの権威だった。
中山先生には名言が多いが、最も後輩たちに影響を与えた言葉は次のもの。Beginning is half the success, not giving up on the way is complete success. 「始めることで半分は成功、途中で諦めなければ完全な成功」といったところだろう。
中山先生の言葉は、語り継がれる中で「まず、始めろ!」という号令に変質していった気がする。だが、ぼくは年を経るごとに「いかに始めないかが重要」と考えるようになったし、中山先生もそういうことを言いたかったのではないかと思っている。
ぼくが「始めない」ことが重要と知ったのは、大学院生だったとき。4年間の研究生活はとても順調で、ぼくは4本の論文を書いた。けっこうレベルの高い雑誌に掲載された。ところがその4年の中で6カ月間の空白がある。まったく結果の出ない期間である。
■「迷ったら、やめる」
当時のぼくは、小児がんの細胞をシャーレ(プラスチックの皿)の中で培養し、定期的に遺伝子を回収し、遺伝子の働きの強さを観察していた。英語論文を読んで、まず再現実験から始めたのである。

ところが、論文に書かれているような遺伝子の変化は確認できなかった。焦って同じ実験を繰り返し、すべて失敗に終わった。これは本実験の前段階の予備実験というものだったのだけど、その予備実験でぼくは準備を怠っていた。ちゃんとしたステップを踏むべきだったのだけども、ぼくはそれを端折った。
6カ月間、何の成果も出ないというのは、かなりつらい。高い授業料となったが、準備をすることの重要性を身にしみて知った。
だから「まず、始めて」はいけない。どれだけ、始めずに準備をするかが重要である。十分な準備が終了すれば、それは「半分成功」なのである。中山先生はこういうことを言いたかったのだとぼくは解釈している。
人生はチャレンジの連続である。ぼくもまだまだチャレンジする。
60歳でいったん定年を迎えた人も、これからさらにチャレンジするだろう。そのときに、いかに「始めない」かが勝負である。これを肝に銘じてほしい。そして「始めない」ためには、あらかじめ事前に十分に時間を取っておくことが大事だ。直前に考え始めるのでは遅過ぎる。
始めるか、始めないか、迷ったら? かんたんである。「迷ったら、やめる」。これがぼくの人生の鉄則である。
「まず、行動」してはいけない。動く前にしっかりと止まることを強く勧めたい。人生の残り時間が少ないのだから、失敗はダメ。必ず成功させよう。
そういう思いで新しいことにチャレンジしようではないか。
■大学病院で働く最大の楽しさ
仕事の楽しさと「達成感」はかなり一致すると思う。日々どんなにしんどくても、最終的に見返りが得られれば、つまり何かを達成することができればそれまでの苦労が報われるし、仕事をやってきてよかったと心から思うことができる。
大学病院で働いていたときの最大の達成感は、やはり大きな手術をしたときにあった。生後間もない赤ちゃんの胸を開くのは、赤ちゃんの体に大きな負担をかけることになる。そこで内視鏡手術である。千葉大小児外科は食道閉鎖に対して内視鏡手術を導入し、それに成功している。
内視鏡下で食道閉鎖の手術をやり遂げた瞬間、執刀医は達成感を味わっただろう。こうしたやりがいが大学病院で働く最大の楽しさだ。
では、開業医になるとそうした充実感は味わえないか。ぼくは開業して最初の頃は、そういう達成感は味わえないと思い込んでいた。でも、よく考えてみるとそうではない。

■「小さな達成感」の積み重ねが「大きな達成感」になる
普通の風邪でも、2歳以下の子は肺炎に進展することがある。経過が長くなれば保護者も心配するし、ぼくも心配になる。これはちょっと風邪の範疇を超えているなと思えば、順次検査を進める。
明らかな呼吸困難があれば入院の方向で公立病院に連絡を取るが、できれば保護者は入院させたくないと思っている。炎症反応が中程度で、X線で肺炎の影が軽度であるならば、なんとかクリニックで治したい。
ネブライザー(薬を霧状にして吸ってもらう)で気管支を拡張し、痰を吸引する。ペニシリン系抗生剤を飲んでもらい、細菌の数を減らす。連日クリニックに通ってもらい、ネブライザーと痰の吸引を繰り返すと、軽度の肺炎であればかなりの確率で治癒させることができる。
肺炎を治し切れば、達成感がある。それはもちろん、小児がんや食道閉鎖ほどの大きな達成感ではない。でも、数が圧倒的に違う。小さな達成感でも何例も数を積み上げるとそれは大きな達成感になる。

■子どもには伸び代がある
うちのクリニックには発達障害の子の受診が多い。ぼくの仕事は、大枠で診断をつけて、児童発達支援事業所、つまり「療育」へ子どもをつなげることだ。そこから先のご家族との付き合い方は、それぞれ異なる。
療育につなげて、それでほぼおしまいのこともある。風邪をよくひくので、そのたびに風邪の診断・治療とともに、療育の様子を教えてもらうケースもある。また、療育に行き詰まったご家族が相談のために受診することもある。何カ月に1回、定期的に来てくださいね……みたいな形でフォローしている子はいない。でも、門戸はいつでも開いている。
子どもには伸び代がある。どんなに障害が重くても必ず伸びていく。もう8年間診ている女の子は、知的障害が比較的重い自閉スペクトラム症の子だ。最初にうちに来たときは、2歳半。ぼくはこの子を療育機関につなぎ、ご家族はお子さんが3歳のときに知的障害の療育手帳を取得した。この子はよく風邪をひく子で、ちょくちょくうちのクリニックを受診する。
大変なこともいろいろあったが、その子は少しずつ成長していった。8歳で、表情が増えて、悲しいときは、悲しい表情をするようになった。名前を呼ばれると手を挙げるようになった。10歳になってオムツが外れた。学校では離席しないで授業を受けることができている。おうむ返しが多いが、言葉は順調に増えている。
■「ささやかな達成感」の積み重ね
ぼく自身が何かしたわけではない。その子の周囲にある療育・教育の力で伸びていったということだろう。いや、その子自身の力で伸びていったというのが正解かもしれない。ぼくはただ見守っていただけだ。でも、もしかしたら、ぼくがこの子を見守り続けたことが、ご家族にとって少しは勇気になったかもしれない。そうであればうれしい。
ぼくがこの子を伸ばしたわけではないので、ぼくが達成感を得たと言ったら、言い過ぎかもしれない。でも、この子の成長の記録をカルテに刻んで、子の成長をご家族と一緒に喜ぶことができたので、ぼくにはささやかな達成感がある。小さなことかもしれないけれど、こうした日々の積み重ねが開業医のやりがいなんだと思う。
■人生の根が深くなっていく
この世には、大きな使命感や義務感を背負って大きな仕事をする人もいれば、小さなやりがいをいくつも手に持って地道に仕事をする人もいる。どちらも立派なことで、最終的には優劣はない。
ビッグビジネスをやっている人なんか一握りで、多くの方は毎日の仕事をコツコツと確実にこなしているというのが実際だろう。でもそういう日常の中に、小さな達成感がある。そしてそれを継続することで、人生の根は深くなっていくはずだ。
だから、目の前の小さな達成感、ほんのささいな達成感を大事にしようではないか。あとになって振り返ってみると、そこには大きな足跡がついているはずだ。
60歳を過ぎても、まだ点の一つ一つは刻める。ぼくも毎日、点を打っていこうと思う。みなさんもぜひやってみてほしい。小さな点の蓄積が、人生を生きた証になり、充実感につながるだろう。そういう生き方は、絶対に価値がある。
■コメントby SERENDIP
本書の「おわりに」で著者は、この本をまとめるキーワードの一つに「時間」を挙げ、「時間……この怪物みたいなものを飼いならせば、60歳からの人生は勝ちである」と述べている。たとえばダラダラとYouTubeなどを見続けるといった無駄な時間を過ごすのを避ける。一方で時間管理を厳密にやり過ぎると、仕事や人生を楽しむことがかなわないだろう。そこで、「焦らない」ことも大事なのではと思う。ある程度の時間管理とその成功体験は自信につながり、焦りを軽減する効果もあるだろう。これまで積み重ねてきた経験を財産にして、心に余裕を持ちながらチャレンジを続けていくのが理想なのではないか。

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