※本稿は、唐沢かおり『「気が利く」とはどういうことか―対人関係の心理学』(筑摩書房)の一部を再編集したものです。
■「気が利く人」になるためのスキル
社会的スキル(対人関係に関わるスキル)を持ち合わせていると、気が利く人になれそうな反面、さまざまな要素が複雑に組み合わさっているようにも見えます。あれもこれもと列挙されると混乱するでしょうし、これらを一気に獲得しようとすると、どうしたら良いのかわからず、大変に思えるかもしれません。
しかし、完璧に気が利くことを目指すイメージではなく、気が利くことを支える各スキルを少しずつ獲得していくというイメージで考えると、道筋が見えやすくなります。
一般的に、何かを習得する際、段階を踏んだり、習得するスキルに関わる要素を見定め、ひとつずつ練習したりします。気が利くことについても、少しずつ、できることを増やしていけば良いわけです。そのためには、スキルをいくつかの側面に分解し、どのような構造を持っているのか、その内容を知ることが効果的です。社会的スキルについても同様にすれば習得に近づいていくことができます。
■社会的スキルとはどういうものか
社会的スキルとは、具体的にはどのような内容を持つのでしょうか。気が利くこととの関わりでは、共感、感情やニーズの察知、観察力、コミュニケーション力などと関係します。これらはいずれも、納得いただけると思いますが、もう少し体系的にその内容を把握する一つの方法として、社会的スキルの測定のために開発された心理尺度を参照し、そこでの質問項目を検討してみましょう。
図表1は、社会的スキルの程度を評価するために、菊池章夫(きくちあきお)が開発した尺度の内容です。
十八の具体的な行動が挙げられていますが、これらの内容はいくつかのグループに分けることができます。この表では、どのようなスキルに焦点を当てた項目であるかに沿って、整理した形で示しました。菊池自身も調査データに基づき、尺度項目を分類していますが、ここではその結果ではなく、これまで本書で述べてきたことに沿った形でまとめてみました。
なお、研究などに用いる場合は、項目の前に振ってある番号順に提示し、それぞれの質問項目について、「いつもそうだ=5点」、「たいていそうだ=4点」、「どちらともいえない=3点」、「たいていそうでない=2点」、「いつもそうでない=1点」として、参加者に評定してもらうのが一般的です。では、各グループについて、詳しく見ていきましょう。
■①言語のコミュニケーションスキル
一つめは、会話を始めたり、維持したりするなど、他者との関係を持つためのスキルで、主として言語的なコミュニケーションに関するものです。
言語によるコミュニケーションは、他の動物にはない人間の大きな特徴であり、いうまでもなく社会生活に深く関わっています。広くとらえるなら、他者とうまく話ができるということに限らず、正しい日本語が使える、敬語がちゃんと使える、適切な言葉の運用や選択ができるなども、言語的なコミュニケーションのスキルに含まれるべきことがらです。
ここでの項目をみると、会話を通して相互作用の機会を得たり、維持することができるかどうかがポイントになることがわかります。これは関係を作ったりつないだりすることに関わるスキルですが、気が利く言動が、相手のことを知り、ポジティブな関係性を維持できている上で成り立つことを踏まえると、そこに至るまでに必要な基本的なスキルだとみなすことができます。
■話の輪に入って聞くことが学びに
知らない人と会話をする、会話の輪の中に入るなどについては、タイミングなどがわからず、難しいと感じる方がおられるかもしれません。気が利く言葉がけについても同様です。
この背景には、どのような話題が良いのかがわからないなど、会話内容に対する、さらには自分に対する自信のなさや不安も関係します。その分、根深いところもあるのですが、逆に考えると、このようなスキルを伸ばすことで、自分自身に対する自信も高まる可能性があります。
会話は日々おこなうことですので、挨拶など、簡単なことから始めてみることが大事です。また、自分からしゃべりづらい場合も、できれば他者を避けるのではなく、会話の輪の中にいるようにして、他者の発言に耳を傾ける努力をしてみると良いでしょう。会話のきっかけになる話題が何なのか、他者の関心がどこにあるのかなど、関係づくりに有用な手掛かりを学ぶことができ、別の場面に活かすことができるかもしれません。
■②感情をコントロールするスキル
二つめは、自分の感情を調節するスキルです。たとえば、自分の中に湧き上がるネガティブな感情を、そのまま相手にぶつけてしまったりすると、人間関係を損なうことはいうまでもありません。気が利くことの根底に、自分の気持ちを制御する過程があることは、先にも述べたとおりです。
感情の調節は、表出をコントロールする段階と、自分の主観的な経験をコントロールする段階に分けることができます。前者は、たとえ強い怒りを感じていても、それを顔や言葉に出さないなどが当てはまりますので、より一般的には、行動表現を適切に調節するスキルの一つだとみなすことができます。
一方、後者は、本来は強い怒りを経験する場面において、怒り経験の強さを緩和することが当てはまります。たとえば、相手がわざと自分を傷つけようとしているなど、加害意図を認知すると、強い怒りが生じます。そのような場面で、加害意図はなかったのだろうと思いなおすなど、場面の解釈をし直すこと、また、他のことに気をそらせて、怒りの源泉を頭から追い払うことが、怒り感情を緩和するための方略になります。こちらは認知をコントロールするスキルの一つだといえるでしょう。
■ネガティブな感情を出してもいい
なお、これら二つは、完全に分かれるわけではなく、認知コントロールがうまくできると、主観的経験が緩和され、それにより表出も穏やかになるというプロセスが想定できます。
ただ、ここで注意しておきたいのは、ネガティブな感情を出さないことが、常に良いわけではない点です。先に感情には機能があることを述べましたが、その一つが「コミュニケーション機能」とよばれるものです。
たとえば怒りは、相手の行動が自分にとっては加害的で不快であり、やめてほしいと思っていること、さらには、場合によっては報復するつもりだということを、相手に伝える感情です。これが伝わることで、相手は、自分の行動を反省し、加害的な行為をやめる可能性が出てきます。ネガティブな感情をむやみに抑え込むのではなく、効果的に伝えることもまた、社会的に重要なスキルになってくる点は、心にとめるべきことだと思います。
■③他者との関係を調整するスキル
三つめは、他者との関係を調整するスキルです。他者との相互作用は、いつも円滑に進むわけではなく、意見の相違からの対立や、様々なトラブルがつきものです。
対立やトラブルを避けることは大事なのですが、そのことを優先すると、当たり障りのないやりとりだけの表面的な付き合いにとどまり、深い関係を築くことが困難になる可能性があります。対立やトラブルをうまく乗り越える過程自体が、親密な関係構築に貢献するのです。
したがって、生じた対立やトラブルを不必要に深刻化させることなく、うまく収める行動をとるスキルが重要になってきます。菊池の尺度で挙げられている項目には、対立やトラブルの合理的解決に関わる行動のみならず、なだめる、謝るなど、対立やトラブルによりもたらされる「気持ち」に対する対処が含まれることにも、着目してください。このような行動は、短期的な関係の調整のみならず、好意度や信頼感を高めることを通して、長期的な人間関係についても、望ましい効果をもたらすものになります。
■④なんらかの課題を解決するスキル
四つめは課題解決に関するスキルです。必ずしも他者の存在を前提としていないものもありますので、人間関係という観点からは、気が利く行動に直接つながるような項目ではないように見えるかもしれません。
しかし、仕事など、何らかの課題について協同することで、一人ではなしえないことを達成するというのは、私たちが他者と共に生きる意義の一つですし、実際、対人相互作用がみられる場面のかなりの割合は、このような状況が占めています。なお、ここでいう仕事は職場という場面だけでなく、たとえば家族やご近所の誰かと、何かの作業を一緒におこなうなども当てはまります。項目として挙げられているのは、個人でおこなう作業にも適用できる、一般的な課題解決スキルとみなせますが、これらが高いと、他者と共に課題に取り組む場面が円滑に進むことも期待できます。
仕事における気が利く行動をより効果的におこなうためには、仕事に関わる課題の構造や、要求されるタスクと関わる人のニーズの把握と対応が重要ですので、これらのスキルが基盤になるのです。
■社会的スキルは練習で身につくもの
繰り返しになりますが、スキルの重要な特徴は、練習や訓練、学びなどにより、身につけることができる点にあります。また、菊池の尺度からも読み取れると思いますが、具体的な行動ができるかどうかという点に落とし込んで考えることができます。
どう落とし込むかについては、書籍やWebなどに具体例が書かれていますので、それらが参考になると思います。Chat GPTに、職場で気が利くと思われる言動を挙げるように指示してもこんな結果が出ます。
――終業時間直前に、用件を伝える必要があるとき「いま、お忙しい時間ですよね。明日の朝でも大丈夫です」と一言添えて、相手の時間への配慮を示す。
――上司や同僚が忙しそうなときに、「この資料、私のほうで下書きだけでも作っておきましょうか?」という言葉で、フォローする姿勢を見せる。
――自分のタスクが早く終わったとき、上司に「いま、少し手が空いています。お手伝いできることがあれば教えてください」と声をかけ、指示を出しやすくする。
■できそうなことを探してやってみる
これらは、先に述べた「ハウツー」の具体例でもあります。AIに尋ねれば、場面ごと、役割ごとに、いろいろ教えてくれるので、便利なのですが、なかには、「え~……ちょっとこれは、自分には言えないなあ」というものも出てくるでしょう。
そのような場合、「これなら、たぶんできそう、言えそう」というものがあれば、それに絞るのも良いでしょう。高いハードルではなく、少しだけ高さのあるハードルを考えて、いくつかの例を頭の中に置いておくことから始めてはいかがでしょうか。
最初からたくさんやってみようと欲張る必要はなく、数は少しでも、できそうなこと、言えそうなことは何か、さらには、何を目指してそうするのかを、ちゃんと考えることが重要です。これは、できそうな事例を頭の中に入れるためでもあるのですが、自分自身の日常の言動や他者との関係を振り返り、自分のスキルを再認識することにもつながります。
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唐沢 かおり(からさわ・かおり)
東京大学大学院人文社会系研究科教授
カリフォルニア大学ロサンゼルス校大学院博士課程修了。Ph.D.(心理学)。名古屋大学情報文化学部助教授などを経て、現在は東京大学大学院人文社会系研究科教授。専門は社会的認知。著書に『なぜ心を読みすぎるのか』(東京大学出版会)、『社会的認知』(編著、ナカニシヤ出版)、『〈概念工学〉宣言!』(共編著、名古屋大学出版会)など。
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(東京大学大学院人文社会系研究科教授 唐沢 かおり)

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