■世界が気付き始めた日本酒の魅力
日本各地で醸造される、風味も特色も豊かな日本酒の数々。海外でも愛されており、需要は増加傾向にある。
日本酒造組合中央会が発表した日本酒輸出実績によると、2025年は過去最高となる80カ国の食卓へ届いた。2020年に約241億4000万円だった輸出総額は458億8000万円まで数字を伸ばした。5年で1.9倍に大きく成長したことになる。
金額ベースで1位の輸出先は中国(約133億円、前年比約14%増)となり、アメリカ、香港、韓国、台湾が上位を占めた。その後もシンガポール、カナダ、オーストラリア、フランス、イギリスと続き、アジア圏のみならず各方面で需要が高いことがわかる。
数量ベースの1位はアメリカ(約7720キロリットル)となった。
そのアメリカで昨年3月、日本へ向けて日本式の酒を「逆輸出」する試みが始まった。国産米使用・国内製造が条件となる日本酒に対し、海外製は「SAKE」「クラフトサケ」とのジャンルで親しまれている。
日本人気を背景に現地での醸造技術が高まれば、今後は世界各地で誕生した「SAKE」の銘酒を日本国内に居ながらにして楽しめる時代が到来しそうだ。
■ニューヨーク生まれの「SAKE」
逆輸出の挑戦に出たのは、ニューヨーク・ブルックリンのクラフト醸造所「ブルックリンクラ(Brooklyn Kura)」。アメリカ産のSAKEとして初となる日本への輸出を開始した。
動向を取りあげた米地理・科学誌のナショナル ジオグラフィックによるとブルックリンクラは、淡麗辛口の「八海山」に代表される新潟の大手蔵元・八海醸造と提携。日本全国のバーやレストラン、小売店に、ブルックリン生まれの酒が並ぶことになった。
ブルックリンクラの教育ディレクター、ティモシー・サリバン氏は同誌の取材に、「日本酒をもう一度クールにしたい」と熱い思いを語る。世界最大の日本酒市場である日本の消費者に、海を越えた造り手の情熱を届けたいと、逆輸出に込めた思いを明かす。
特徴的なのは、ビール用ホップを加えたこと。クラフトサケというムーブメントの一手法として確立されつつあるが、伝統的な日本酒(清酒)の世界ではいまだ珍しい試みだ。
ブルックリンクラの銘柄「オクシデンタル(Occidental)」では、IPA(インディア・ペールエール。ホップを大量に使った、香りと苦みの豊かなビール)を思わせる香りをまとわせた。こうした自由な酒造りで、日本の若い世代を振り向かせる狙いだ。
「実際に飲んでみれば、その美味しさに驚くはずだ」と、サリバン氏は迷いなく言い切る。
■世界に認められた日本の酒造り
八海醸造によると、業務資本提携のもと、「SAKE」造りを技術面からサポート。「現地の水と米を使うこと」「その土地の蔵人の手でつくること」「そのSAKEが現地の人々に飲まれ、愛されること」を信条に、ニューヨーク市北西部・キャッツキル山地の極軟水を採用するなど、素材も厳選しているという。コメはアメリカで最も品質に秀でるとされるアーカンソー州産の山田錦などを使用している。
国内消費の伸び悩みを逆手に取るかのように、世界市場に活路を見いだした日本式の酒。今や海外でも造り手たちが育ち、現代風の新たなスタイルを作り出そうとしている。
日本酒への熱視線は、数年前から世界的に高まっていた。象徴的な出来事のひとつが、文化遺産への登録だ。
ユネスコは2024年12月、パラグアイ・ルケで開いた委員会で、日本の伝統的酒造りを「人類の無形文化遺産」に登録。
ユネスコ日本政府代表部の加納雄大大使はAP通信の取材に応じ、「酒は神からの贈り物とされ、日本の社会的・文化的行事に欠かせない」と語り、日本人の酒への向き合い方を説明している。
■平安時代から続く伝統
原料は米、水、酵母、麹のたった四つ。だが製造は簡単ではなく、蒸しから搾りまで約2カ月を要する。その歴史は千年に及び、11世紀に書かれた『源氏物語』にはすでに日本酒が登場する。
国連によると、ユネスコのオドレー・アズレー事務局長(当時)は同委員会で、「遺産は(過ぎた時代のものである)民間伝承とはほど遠く、時代に封じ込めらてもおらず、今日の現実から乖離してもいない。今まさに生きており、必要とされているものだ」と、遺産を広める責任の重さを語った。
いまも息づく千年の営みである酒造りは、まさに事務局長が説く無形遺産の姿を体現していると言えよう。
世界的に日本酒の知名度が向上するなか、山口県の山あいに、SAKEの海外展開に勤しむ先駆者がいる。
旭酒造(当時。昨年、獺祭に社名変更)の桜井博志会長は、縮小する国内市場を背景に、世界への道を積極的に切り拓いた経営者だ。
■海外に飛び出した日本酒業界の反逆者
人口減少が進む山口県。地元向け廉価酒の市場は、かなり昔から飽和しつつあった。
その後、東京へ転進。「戦略的な野心というより、生き残りのための必然」だったと振り返る桜井氏。都会の巨大な市場で埋没しないために選んだのが、純米大吟醸への特化だった。やがて桜井氏は、この高品質路線を足がかりに海外へと歩みを進めていく。
だが、日本酒業界において桜井氏は、孤独な戦士でもあった。1990年代、旭酒造は旭富士ブランドで大衆酒を造っていたが、経営危機に瀕していた。周囲はプレミアム路線への転換に反対した。桜井氏は、「生き残りをかけた問題だった」と、一歩も引かなかった。
桜井氏は、杜氏(とうじ)の聖域であった醸造のあり方にも踏み込んだ。杜氏制度とは、旭酒造などのブランドを持つ「蔵元」とは別に、酒造りを統括する「杜氏」とその職人集団が外部から訪れ、別組織として醸造を担う仕組みだ。江戸時代以来の伝統的な協業体制である。
追い込まれた桜井氏は、伝統的な杜氏制度と決別した。醸造を外部の専門職に委ねるのではなく、若手の自社チームを一から築き上げる。データによる酒造りの始まりだ。何も壮大な構想ではなく、「喫緊の課題への対応」だったと、ワールドフォリオの取材で振り返る。
業界の一部から「反逆者」とされると同時に、時に「革命家」とさえ評されるようになった桜井氏。その評価を受け、さらなる大胆な決断へと同社は歩み出す。
■130億円を投じたニューヨークの醸造所
父・桜井博志会長が切り拓いたプレミアム路線を、息子の桜井一宏社長が継承。そのビジョンはついに、太平洋の向こう側、アメリカへとリーチを広げた。
旭酒造は2023年、ニューヨーク州ハイドパークに約5100平方メートルの醸造所「獺祭ブルー(DASSAI BLUE)」を開設。テニスコート26面分相当の広さだ。
米ビール業界専門誌のブリュバウンドによると、その投資規模は約8000万ドル(当時のレートで約80億円)に上る。
最大の課題は水だった。ワールドフォリオは、山口の軟水と異なる現地の硬水の影響で発酵が速まるため、醸造工程の見直しを迫られたと伝える。
一方、嬉しい誤算もあった。懸念していた人材面の不安は、完全に「思い込みだった」と桜井社長は振り返る。日本の職人精神はアメリカ人スタッフにもしっかりと伝わり、現地スタッフが高い誇りを持って酒造りに取り組んでいるのだという。
ラインナップの第一弾「獺祭ブルー50」は、すでに市場に出回っている。ニューヨーク・タイムズによると、玄米を半分まで磨く精米歩合50%の大吟醸で、メロンを思わせるフルーティーな香りが特徴だ。アルコール度数は14%と低めで、価格は約35ドル(約5600円。5月25日現在のレート、1ドル159.19円で換算)。原料米はアーカンソー州でも栽培されるようになった。
アーカンソーで育てた米を、ニューヨークの水で醸す。「革命家」の血を継ぐ獺祭が、アメリカで根を下ろし始めている。
■全米に広がる「クラフトサケ」
教育の土壌が整い始めたアメリカで、日本式の酒造りに情熱を注ぐ造り手は着実に増えている。ナショナル ジオグラフィックによると、過去10年でアメリカのクラフトサケ醸造所は20軒を超えた。
その始まりは、1997年のポートランド郊外。アメリカ初のクラフトサケ醸造所を名乗り、サケ・ワン(SakéOne)の蔵が誕生した。醸造責任者の桑原匠氏は、「オレゴンの軟水は華やかな酒に最適」と語る。地元の風土を、そのまま酒の個性として活かす。
当時、プレミアム路線には懐疑的な目が向けられていた。桑原氏は、「カリフォルニアがフランスワインに匹敵する品質を証明したように、日本以外でも素晴らしい酒は造れる」と退けた。
その理念の正しさを証明するかのように、オレゴンを皮切りに、クラフト醸造所は全米各地へと広がった。
アーカンソー州のオリガミ・サケ(Origami Sake)は、全米のコメの48%を生み出す穀倉地帯に位置し、軟水にも恵まれている。マット・ベル社長はこの地を、「SAKEのナパ・バレー」と呼ぶ。カリフォルニアの代表的ワイン産地と肩を並べるべく、SAKEの挑戦は続く。
■「造る人」と一緒に「売る人」も育てる
ただし、良い酒を造るだけでは、市場は広がらない。造り手たち一様に口にするのは、SAKEを語り、SAKEを売れる人材の調達の難しさだ。
対策としてブルックリンクラは、醸造施設の一角に「Sake Studies Center(SAKE研究センター)」を設けた。造り手自らが酒を語り、アメリカ社会に語り手を増やすよう意図した試みだ。
ブリュバウンドによると、教育ディレクターのサリバン氏は開設からわずか1年で消費者400人超、業界関係者150人超に日本式の酒の何たるかを教えた。販売スタッフ向けの認定資格制度も整えている。
だが、業界全体の底上げとなると一筋縄ではいかない。サリバン氏は、「飲食店は人員確保に追われ、教育まで手が回らない。苦労に見合う価値があると納得してもらう努力を続けている」と語る。消費者がレストランでSAKEを選びたいとき、信頼できる人材がいるか。そうしたソフト面の拡充が急務だ。
そんな中、料理教育の名門から声がかかった。桜井社長はニューヨーク・タイムズの取材に、近隣のカリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカ(米国料理学院)から提携を打診されたと明かしている。提携の柱のひとつが、インストラクターやシェフ、学生たちへのSAKE教育だ。
■日本酒でフレンチに華を添える
日本酒の業界団体は今、ワイン業界との連携も進める柔軟な姿勢を見せている。日本酒造組合中央会は2022年、国際ソムリエ協会(ASI)と提携を結んだ。
同会のプレスリリースによれば、ソムリエコンクールや若手ソムリエ教育プログラムへの参加、および受賞者の日本招聘を通じ、高級レストランなどファインダイニングへの日本酒浸透を図るという。
蔵の敷地の片隅から料理学校、そして国際的なソムリエ団体に至るまで、日本の酒を語れる人材を増やそうと、各界の担い手たちが動き出している。
造り手の裾野が広がったいま、次の問いははっきりしている。和食以外の食卓で、どう選んでもらうか。
サリバン氏は、ワインやビールより単価の高いSAKEをメニューに加えるだけで客単価は上がると、ブリュバウンドの取材で語った。日本文化への共感だけではなく、収益の観点から数字で説いて店のメニューに加えてもらう、強かな戦略だ。
旭酒造も、日本料理の枠組みを超えて活路を見いだそうとしている。ミシュラン三つ星店をフランス国内で2軒構える仏料理界の巨匠、ヤニック・アレノ氏とのタッグだ。日本酒と旬の野菜を軸にしたレストランをフランスで開く計画だと、ワールドフォリオは伝える。フランスに新たな蔵は建てないが、フランス料理が並ぶテーブルの上で、日本酒の居場所をつくる作戦だ。
■海外で日本酒が直面している壁
桜井会長が掲げる目標は明快だ。和食以外の料理にも合う酒として、日本の酒を広めること。ニューヨーク・タイムズには、「難しい挑戦だ」と認めながらも、伝統的な酒器ではなくステムグラス(脚付きグラス)で提供するなど独自の工夫を示す。見慣れた形のグラスに注がれれば、ワインの並ぶ食卓にも自然と溶け込むだろうか。
ただし、まだ文化的な壁はある。ワールドフォリオが指摘するように、アメリカではいまだ日本酒やSAKEは「熱燗専用」との認識が根強く、冷やして飲まれることは一般的ではない。
欧州では蒸留酒との混同が根強く、独立した立場を確立できていない。フレンチやシーフードとも相性が良いことはまだ広く知られておらず、周知に課題が残る。ただし、裏を返せば開拓の余地はそれだけ大きいということでもある。
■千年愛された日本酒の次なる形
大手ブランドや海外の醸造所が起こした波に、日本各地の小さな蔵元も乗り始めている。
神奈川県松田町の中沢酒造。1825年創業の老舗だ。11代目の鍵和田亮専務は東京五輪を見据え、白ワインを思わせるすっきりとした味わいの「S.tokyo」を開発した。2019年、経産省所管のジェトロ(日本貿易振興機構)横浜の支援を受けてシンガポールの展示会に出展。小さな蔵にとって、世界への第一歩だった。
コロナ禍はオンライン商談で乗り切った。ジェトロによると、いまや8カ国・地域に輸出先を広げ、海外の売上を全体の約5%にまで伸ばした。蔵を訪れる外国人も増え、英語対応も強化している。鍵和田氏が次に見据えるのは、いまの倍となる海外比率10%だ。
政策面でも後押しを受けている。農林水産省は「農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略」で日本酒を輸出重点品目に指定し、2030年までに輸出総額760億円を目標に掲げる。
海を越えた先で、日本の酒の魅力を伝える、伝統に新たな息吹を与える酒造メーカーたち。やがてその情熱は日本への逆輸出という形で国内にも届きはじめた。
世界に広がり始めたSAKEのうねり。古来日本人が愛した酒の、その次の千年の未来が花開こうとしている。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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