■定年間際に手取り月収が14万円以上ダウン
今回は、独身で長年賃貸住まいだった立川徹子さん(仮名・59歳・会社員)からのご相談です。
「そろそろ家を買いたいのですが、手元の購入資金は、NISAの400万円(評価額)くらい。NISAを売却してでも買ってよいものでしょうか? 上がり相場に売却するのは惜しい気もしますが、60歳以降に買うほうが、購入条件が不利になり、損するような気がします。今買うべきか見送るべきか、果たしてどちらが有益でしょうか」(立川さん)
立川さんは、あと1年足らずで60歳。「それまでに家を買わなければ」という焦りが十分に伝わってきました。しかし、なぜ“今”家を買おうと思われたのでしょうか。理由を聞くと、半年前から続く大きな減収と実家の問題がありました。
立川さんの勤務先は、ここ数年業績不振が止まらず、ついに給与のインセンティブ方式が廃止に。手取り月収が約37万円から約22万5000円へと大きく下がってしまいました。
■故郷の老父と同居すべきか
減収を境に特に頭を悩ませるようになったのが、住居費の負担の重さです。立川さんは千葉県の中でもアクセスのいいエリアの分譲賃貸マンション(1LDK・50m2)に長年住み続けており、家賃は月9万5000円。
そんな中、母親が他界し、中部地方の実家では80代の父親が一人暮らしに。父親は慣れない家事に戸惑いながらも今のところ誰の手も借りずに生活できています。ただ、先々を考えると「一人娘の私が実家近くに家を買って、何かあった時に即駆けつけられるようにしたほうがお互い安心だろう」という考えが頭をもたげるようになったと言います。
父親と同居すれば住居費はほぼゼロですが、距離が近すぎることで関係悪化やストレス増大につながる懸念がある。実家付近の賃貸物件は築古アパートしかなく、今住んでいる千葉の分譲賃貸マンションに比べて生活の質が著しく下がる。父親のそばにいるなら買うしかない、と考えたわけです。
■NISA売却で購入資金に充てるのは得策?
加えて、「住宅ローンを組めるタイムリミットが残りわずか」という焦りもありました。
一般的な金融機関の住宅ローンは返済期間を35年程度設けていますが、60歳以上で買うと完済時年齢を80歳未満に設定され、借入期間が20年未満に短縮されます。月々の返済が重くなる上、借り入れ条件も厳しくなります。
となると、家を買うのは今しかない。焦る半面、地方へと居を移すと、住み慣れた街や人間関係、そして今の仕事(収入)も手放すことになる。現在の家賃は昨今の家賃高騰の波を受けておらず、費用対効果を考えると「もったいない」という思いも捨てきれない。それに上がり相場の今、家の購入資金のためにNISAを全て売却することにも戸惑いがある。考えても考えても結論が出ず、私たちのところにアンサーを求めて来られたわけです。
■資産総額は約1950万円あるが
では、相談当時の立川さんの資産はいかほどだったのか。整理すると以下のようになりました。
【資産総額:約1950万円】
・iDeCo(20年以上継続・月2万3000円):運用益含め約1500万円
・NISA(20年以上継続・月平均約7000円):評価額約400万円
・現金貯蓄:約50万円
※65歳の定年時に退職金が200~300万円程度入る見込み
資産約1950万円のうち、その約77%がiDeCoです。iDeCoは原則60歳まで引き出せず、相談当時の立川さんは59歳。あと1年近く引き出せません。そうなると、いざ頭金を用意しようとすると、手元にある流動性資産はNISAの400万円と現金50万円のみ。「資産は2000万円弱あるのに、使えるお金は450万円程度しかない」という身動きが取れない状況です。
■家を買わなければ資産寿命は15年伸びる
そこで私たちは、いったんライフプラン表を作成することにしました。言葉だけでは「買っていいのか、いけないのか」を判断しきれなかったからです。
まず、「NISA(評価額400万円)を売却して、約400万円を頭金に充て、実家近くの物件(諸手数料含め2000万円程度)を購入する」シナリオで試算。残債約1600万円を住宅ローンで借り、返済は最長で80歳頃まで続く計算です。
定年を迎えた60歳以降、年金が入る65歳までの5年間はさらに収入が減る見通しで、仮に手取り月18万円で住宅ローン月7万円の返済を始めると、家計収支はたちまちマイナスに転落しました。
65歳以降、仮にパート収入(手取り月平均10万円)があったとしても厚生年金(基礎年金込みで手取り月13万円程度)と合わせて月の手取りは23万円前後。月7万円のローン返済は重く、生活のゆとりはありません。
旅行や家電の買い替えなど年間特別支出はもちろん、親の介護が始まればパート収入も危うくなります。iDeCoを年金形式で受け取れば月々の収入は増えますが、それはローン完済の80歳頃まで働く算段となっているパート労働もできなくなった時の「最後の砦」として除外したいところ……。
■家を買わない場合のマネー試算は
一方、400万円のNISAを売却しないで今の賃貸物件に住み続ける場合はどうか。
試算をすると、家計を引き締めるシナリオでは、資産寿命は80歳頃まで伸びる見通しが立ちました。家賃負担は依然として続くものの、iDeCoからの年金や、厚生・国民年金でしのぎ、老父のケアも月々のローン返済がない分、帰省費用に回すというプランです。
ただ、悠々自適な老後暮らしとはいかないものの、NISAの運用益が積み上がっていけば、資産に厚みを持たせることは安心材料です。
ライフプラン表の数字を一緒に確認した立川さんは、ようやく「今は家を買わずに、現在の賃貸物件に住み続ける方が得策」という結論に到達。「買う前に相談に来てよかった」と胸をなで下ろしていました。「今じゃないとローンを組めないかも」といった焦りが視野を狭めていたようです。
■「最後のチャンス」に飛びつくのはハイリスク
読者の中には、立川さんと同じように「定年前後で持ち家を購入する否か」で揺れている方もおられるかもしれません。「賃貸は出ていくだけのお金」「高齢になると賃貸物件を借りづらくなる」といった不安もあるでしょう。
しかし、手持ち資金が少ないままライフプランも描かずに「最後のチャンス」に飛びつくのは極めて危険です。
60歳でローンを組む場合、返済期間は現実的には最大でも15年程度が限界です。手取り月収に占める住居費の理想割合は25%。立川さんの場合、60歳以降の手取り月収18万円の25%は約4万5000円。これが月々の返済上限の目安となります。仮にこの金額で15年返済するなら、年1%の変動金利で元本は約750万円、利息を加えると総返済額は810万円になります。
私は、60歳前後での住宅購入を考えるなら「ローンを組まずに買えるだけの現金を用意してから」が鉄則だと考えています。ローンありきで60歳で家を買うのは、どうしても無理が生じやすい。立川さんのような状況であれば、なおさらです。
では、家を買う最後のタイミングはいつかと聞かれれば、50代前半が目安でしょう。50代前半にローンを組めば、返済期間を20年弱取って70歳で終わります。そして、やはり頭金となる現金を準備して65歳の定年までに返済のめどをつけておく、という設計が理想でしょう。60歳前後になって「さあどうしよう」と焦っても、選択肢はかなり狭まってしまいます。
■家計黒字化とNISAへの投資
さて、ライフプラン表を見た立川さんは、「当分は現在の賃貸物件に住み続け、まずは家計を絞りながら資産を増やしていこう」との方針に。
そこで直近の家計を確認すると、手取り月収22万5000円に対し、支出は26万4000円で月3万9000円の赤字が出ていました。
まずは最も見直しやすい通信費からメスを入れ、大手通信事業のスマホを格安スマホに乗り換えることで月1万7000円から7000円に削減。食費や交際費などの変動費も収入に見合った水準に抑え、半年かけて改善を積み重ねた結果、月3万9000円の赤字だった家計が、月8000円程度の黒字に転じました。
次の課題は、iDeCo・NISA・現金貯金の資産配分。現在、資産全体の約77%がiDeCoに偏っています。iDeCoは節税効果が高い優れた制度ですが、60歳まで引き出せない融通性の低さが弱点。目下、立川さんは手元の現金が50万円程度しかなく、万一の「生活防衛資金」が圧倒的に不足しています。
まずは生活費の7.5カ月分を確保することを最優先に、家計から残った8000円を貯めつつ、iDeCoの掛け金を現在の月2万3000円から減額して、その分をNISAや現金に振り分けました。
■固定:流動性の資産分散が老後の選択肢を広げる
立川さんは収入が月37万円から22万5000円へ激減しても、かつての独身貴族体質からなかなか抜け出せなかった。それだけに、iDeCoの制度が始まった頃から20年以上掛け金を拠出してきた意義は大きい。
ただ、資産配分をiDeCoに集中させてしまったために、必要なときにお金を動かせなくなったのは大きな誤算だったといえます。もしiDeCo・NISA・現金の配分を意識していたなら今より住宅購入が現実的になっていただろうと思うと、もったいない気がしてなりません。
昨今の上がり相場で、資産の大半をiDeCoなどに集中させている方は増えています。しかし、人生いつまとまったお金が必要になるか分からないもの。08年のリーマンショックのように相場が急落し、下落相場が数年間続く時期が再到来する可能性も十分にありえます。万一に備えて生活防衛資金をしっかり確保した上で余剰資金で投資をすることを強くおすすめします。
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横山 光昭(よこやま・みつあき)
家計再生コンサルタント、株式会社マイエフピー代表
お金の使い方そのものを改善する独自の家計再生プログラムで、家計の確実な再生をめざし、個別の相談・指導に高い評価を受けている。これまでの相談件数は2万6000件を突破。書籍・雑誌への執筆、講演も多数。著書は90万部を超える『はじめての人のための3000円投資生活』(アスコム)や『年収200万円からの貯金生活宣言』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を代表作とし、著作は171冊、累計380万部となる。
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桜田 容子
ライター
明治学院大学法学部を卒業後、男性向け週刊誌、女性向け週刊誌などで取材執筆活動を続け、気付けばライター歴十数年目に突入。にもかかわらず、外見は全然ライターっぽく見られない。趣味はエアロビとロックンロールと花見など。
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(家計再生コンサルタント、株式会社マイエフピー代表 横山 光昭、ライター 桜田 容子)

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