国内最大規模のヒップホップフェスティバル「POP YOURS 2024」が、5月18日、19日に千葉・幕張メッセ国際展示場9-11ホールで開催された。LEXとTohjiという次世代を担うアーティストをヘッドライナーに迎え、3年目を迎えたPOP YOURSが映し出したものは一体何だったのか? 昨年に続き、文筆家・ライターのつやちゃんに2日間の模様を振り返ってもらった。


※この記事は現在発売中の「Rolling Stone Japan vol.27」に掲載されたものです。

【画像】『POP YOURS 2024』ライブ写真(全87枚)

2日間で過去最多となる約3万5000人が集結

隆盛を極める2020年代の国内ヒップホップにおいて、最も大きなトピックの一つに大型フェスの勃興が挙げられるだろう。多くのラッパーが切磋琢磨し合う昨今のヒップホップ・ゲームでは、フェスに出演し観客の心をつかむパフォーマンスをすることが、今や勝ち抜くための一つの条件になりつつある。実際、4月には日韓のヒップホップアーティストが集結するフェス「GO-AheadZ」が幕張メッセで開催され、その後POP YOURSを経て5月末には「KOBE MELLOW CRUISE 2024」も行われた。規模感では、昨年3万人を動員した9月開催の「THE HOPE」も見逃せない。多くのフェスでラッパーたちが会場を揺らす中、ゲームの様相は日々激化している。

そのような状況下で、乱立しはじめたヒップホップフェスにおいても徐々に差別化が図られてきていると感じる。国内におけるフェス文化を作ってきたフジロックとサマーソニックの例を挙げるまでもなく、独自のカラーを打ち出し定着させないことには長年愛されるイベントにはなり得ないからだ。その点、今年で3回目の開催となったPOP YOURSが掲げたテーマは、”ヒップホップの多様性”といったところだろうか。「THE HOPE」が野外開催で、どちらかというとヒップホップの不良性を色濃くしているのに対し、POP YOURSは屋内開催であらゆるコミュニケーションをコンセプチュアルに作り込んでいるように思う。ステージやパフォーマンスの演出は手が込んでおり、ラインナップも多彩。今の国内のヒップホップシーンでひしめき合っているバラエティに富んだ音楽性をできるだけ幅広く紹介しようという狙いが見えるし、それこそが、このフェスにおける”ポップカルチャーとしてのヒップホップ”の成熟を伝える方法なのだろう。


そういった視点を備えているフェスだからこそ、今年の傾向で最も興味深く、かつ最も賭けに出たのではないかと感じた点が、ヘッドライナーのセレクトである。昨年BAD HOPとAwichが務めた大トリの座を仕留めたのは、LEXとTohjiという若き2人だった。両者は、SoundCloudで熱狂的な人気を獲得し、インターネットとリアルを行き来しながらファンコミュニティを拡大させていった共通点がある。だが、現時点ではBAD HOPやAwichと比較するとまだライブのキャパシティも小さく、だからこそ今回のヘッドライナーは抜擢の意味合いも強かったはずだ。これだけ大型フェスが乱立する中で大物クラスのラッパーはまだまだ数が限られており、POP YOURS側も次なるスターを作るべく、育成という観点を意識しているのかもしれない。何にせよ、数多のラッパーがSoundCloud上を賑わせはじめ、小規模のコミュニティ/パーティが都内を中心に開催されだした2010年代後半以降の盛り上がりが、ついに一つの実を結んだと思うと感慨深い。POP YOURSは、ヒップホップの多様な面に光を当てることで、世代交代だけでなく、一つのシーンを映し出すことに貢献していると言えるだろう。

さらに、その規模感も年々膨れ上がっている。会場には、今年も10代後半~20代前半のユース層を中心に、2日間合計で過去最多となる約3万5000人が集った。また、YouTubeでの生配信は総視聴者数56万人、視聴回数160万回を記録。本稿では、その熱狂のステージの一つひとつをレポートしていきたい。

躍動のDAY1

まずはDAY1、トップバッターのKvi Babaが「Too Bad Day But...」などで早速の大合唱を呼ぶ。
グッド・ヴァイブスな空気であたためたのち、Lunv Loyalが強烈なパフォーマンスを展開。多数のダンサーを引き連れ、地元である秋田のお囃子を取り入れながら魅せるステージは、彼の今後のさらなる飛躍を予感させるようなスケールだった。SEEDAとの「高所恐怖症」は待ってましたとばかりの歓声で迎えられ、会場は大きな盛り上がりに。続いてYvng Patraが、低い声で繰り出すラップの巧みさを存分に見せつける。「Tier1」では、ジャージークラブのビートで軽快に畳みかけ、歓声に包まれながら疾風迅雷の勢いでフィニッシュ。今年もいきなり実力派が立て続けに登場し、会場は午前11時台とは思えないボルテージに。

次は、恒例のNEW COMER SHOT LIVE。新進気鋭の若手を紹介する枠だが、広島のJAKEN、名古屋のクルー・L.O.S.Tといったラッパーがフィーチャーされた。最も歓声を浴びたのはKohjiya。TV番組『ラップスタア 2024』の活躍で大きな注目を集めている彼のパフォーマンスは実に堂々としたもので、すでにNEW COMER SHOT LIVEにおさまりきらない存在感を発揮。「次はラップスタアのファイナルで会おう」という去り際のMCには、大きなレスポンスが巻き起こっていた。

ピーナッツくんは「笑われに来たんじゃなくてカマしにきました! そして、輝きに来ました」と叫び、内に秘めたヒップホップ魂を爆発させる。
途中、謎の黄色い覆面集団――PAS TASTAのメンバーたち!――が出現、エレクトロニックなビートで幕張メッセを沸かせた。ハッピーな空気が漂う中、続けざまに鎮座DOPENESSがスケートボードに乗って颯爽と出現。自由自在なラップとともに途中友人の子どもをステージに呼び、ピースフルな展開で会場の空気を掌握。最後の曲では観客やセキュリティともダンスし、「地球、日本、千葉、幕張」と叫びまたボードに乗って消えていく、というユニークなステージ。自由奔放だが巧みに練られた表現に、多くの人が釘付けだった。若手が続くこのスロットにあえて彼を置いたPOP YOURSの読みは、ズバリ的中。間違いなくMVPの一人だった。

怒涛のラインナップが続く。次はMFS。「BINBO」で振動する低音を響かせながら、昨年同様ダンサーとともに華麗にスタートを切った。とにかく華やかで、ダンサブルな舞台に観客も皆自然と体が揺れる。続くBonberoは、とにかくラップのスキルが格別。
ここまでのステージで、最もキレのある生のラップを聴かせた。「Swervin」を筆頭にリリックが抜群に聴き取りやすく、言葉の一つひとつがストレートに届く。ヒップホップのカッコよさがシンプルな形で伝わったのか、フロアはグッと引き締まった空気に。多様性に富んだアクトが揃う中で、彼のような存在は節目に必ず必要であると改めて感じた。その後のRed Eyeは、観客との駆け引きも絡めながらさすがのステージングで猛烈に存在感をアピール。「悪党の詩(Remix)」ではD.Oを呼び、最後にはヒップホップアーティストとして史上最年少での武道館ライブの告知を行なうことでBAD HOP解散後のキングの座に名乗り出た。

JUMADIBAはいつもの通り飄々とした表現で、印象深いVJとともにメインストリームとオルタナティヴの架け橋になるグルーヴを見せつけた。最新EPからプレイされた「paypay」や「静かに叫び」といった曲は、Day1全体のセットリストに多彩な味わいを与える、絶妙なニュアンスで表現されていたように思う。ただ、パフォーマンスは見事な出来だったものの、DAY1の客層とはややフィーリングに乖離があったかもしれない。Tohjiやlil soft tennisらが出演したDAY2であれば、恐らく大盛り上がりだったのではないか。この辺りは、音楽性が多岐に渡るPOP YOURSだからこそ企画側にとっても采配が難しいところだ。続くOZworldは、「畳-Tatami-」「RASEN in OKINAWA」「Peter Son」「MIKOTO~SUN NO KUNI~」等の人気曲を連発し、鋭い構成力で魅せる。
彼のようなユニークな作品を作り続けるラッパーが大歓声で迎えられているというのは、すばらしい光景だ。

ここで、YENTOWNがサプライズ出演。リリースされたばかりで話題を呼んでいる「不幸中の幸い」を披露、そのまま「TEENAGE VIBE」や「GILAGILA」といったヒット曲を繋ぎ、役者揃いのクルーの魅力をアピール。歓声が途切れることなく続く、さすがの人気を体感した。

その後STUTSも多くのゲストを呼び、次から次に演者が移り変わる楽しさを提供。中でもハイライトは「サマージャム95」と「Summer Situation」に続き、新曲「Pointless 5」で見せたスチャダラパーとの共演。STUTSからスチャダラパーへの愛が伝わる内容だった。続くJP THE WAVYは、昨年に引き続きダンスをまじえたショウを展開。「Cho Wavy De Gomenne」をオープニングに配し「Neo Gal Wop」で火をつけた導入は、WAVY史をおさらいするような構成で会場中に喜びの悲鳴が。そのままLANAに突入し、ヒット曲メドレーで息もつかせぬ展開に。ダンサーがLANAを担ぎ運ぶディーヴァ・ショウは、大きなインパクトを与えた。「私がラッパーなのかそうじゃないのかっていう話があると思うんだけど」と切り出した彼女は、「私はラッパーではない、ヒップホップをやってる人」と宣言。
演歌やソウルといったヴァイブスを感じさせながら、ラップも歌も絡めながら跳ねるようなボーカルでリズムを刻むLANAは、確かに”ラッパー”という括りではおさまりきらないタレント性がある。こういった発言に拍手が起きるのも、POP YOURSというフェスが持つ懐の深さだろう。

躍り騒ぎ疲れたフロアに向けて、続くJJJとは色気香り立つラップでくらくらさせノックアウト。特に、前者の「YW」、後者の「LONELY NIGHTS」は新旧のアンセムとして観客の体を揺らしていた。さらには、KEIJUが「Not 4 Me」からTRIGA FINGA「GYAL IS EVERYTHING」へと繋いだ流れは一つのハイライトだった。渋さ極まるラップは、次のOZROSAURUSでさらに研ぎ澄まされる。クラシック「AREA AREA」でフロアをロックし、「30分しかないからさ。喋りに来たんじゃない、がっつりラップ聴かせるよ」と伝え怒涛のスキルを披露。精神性やリアリティといった総合力で、2日間通して圧倒的な力量を見せていた。

OZROSAURUSがラッパーとして完璧なステージを見せつけただけに、この後に続けるのは相当やりにくかったはず。しかし、今年のトリはやはり一癖ある。LEXは型にはまらないスタイルのラッパーだからこそ、比較の俎上に乗らない。「GOLD」で「もっと上へ」と歌う彼は、宙吊りになりながら文字通り舞台を上へ上へと上昇。JP THE WAVYとの「もう一度キスをして」や「なんでも言っちゃって」、KEIJUとの「Mama's Boy」、そして妹・LANAとの「明るい部屋」などで圧巻のステージを見せた。LEXは終始ロックスターのようで、演出は凝っており作り込まれているものの、どこか気まぐれでルーズな空気をまとう。その危うさが魅力で、「STAY」の表現などはやはりカート・コバーンを彷彿とさせるし、エモ・ラップの潮流と共振しながら頭角を現した彼ならではのスタイルがしっかりと伝わるステージに感じた。

熱狂のDAY2

DAY2はKaneee、7、Campanellaからスタート。昨年のゲスト出演から着実にステップアップしたKaneee、Lizaとのコラボが最高のヴァイブスを生んでいた7、すばらしいスキルでさすがのパフォーマンスを見せたCampanella。三者三様のステージから始まり、NEW COMER SHOT LIVEではCFN Malik、taro、swetty、lil soft tennisが登場。このあたりは、POP YOURSならではの幅広い音楽性が聴ける独自のカラーを感じる。中でも、SoundCloudとTikTokで特大バズを生んだswettyが、高校生ながら幕張のステージに立ったのは感慨深い。彼が所属するVANDE GEEKは、J1rockらも所属する注目のコレクティブ。POP YOURSの絶妙な視点でのフックアップが光る一幕だった。

次のElle Teresaは、ピンクのウィッグをかぶりダンサーたちとともにキュートな舞台を見せる。あらゆるナンバーが次々と繋がれ、会場はハイテンションに。DAY1のLANA同様、コーチェラなど海外フェスのステージングを参照したような華やかなショウが映えている。続くDADAは、「Highschool Dropout」はもちろんのこと、「Satsutaba」をプレイしたことでフロアは熱狂。一方、直後のDaichi YamamotoとSIRUPはR&Bのヴァイブスを披露することで変化をつける。2日間で5回のステージに客演したことを誇るDaichi Yamamotoも、観客に対して政治参加を呼びかけていたSIRUPも、MCを絡めつつ最高のパフォーマンスでハートをつかんだ。

続くkZmは、2日間の中でもトップクラスの驚異的な盛り上がりを生んでいた。「Dream Chaser」や「DOSHABURI」などヒット曲を多く抱えていることもそうだが、アリス・ディージェイ「Better Off Alone」使いでダンサブルにアゲたり、Gliiicoとの隠れた名曲「Jordan11」でサイケデリックに攻めたりと、手数が豊富で飽きさせない。一昨年の出演時は早い時間帯のスロットに置かれたことでMCで苦言を呈していた彼だが、ハイな空気の作り方ととてつもない歓声は、来年以降のヘッドライナーもあり得るのではと感じた。

続いて、サプライズで現れたKaneee、Kohjiya、Yvng Patraが「Champions」でマイクリレーを聴かせたのち、CreativeDrugStore、tofubeats、Yo-Seaと立て続けに独自の個性を携えた面々が登場。このあたりはPOP YOURSの戦術が見事ハマり、DAY2の中でも前半と後半の時間を繋ぐ重要な役割に。特に、tofubeatsの「nirvana」や「水星」といったナンバーは、箸休めにはぴったりのチルな空気を生んでいた。

さて、ステージはWatsonへと繋がれ、ここから一気にPOP YOURSは終盤の盛り上がりへと進んでいく。サブスクリプション・サービスから姿を消した「MJ Freestyle」ですら、皆が歌詞を覚え熱唱する盛り上がりに驚いた。会場中にこだまする言葉の応酬は、日本語ラップとしての系譜を正しく受け継ぐWatsonならではの光景で、思わず胸が熱くなる。IOの「TOKYO KIDS」も同様で、さらには次のJin Dogg「街風」や千葉雄喜「チーム友達」もそう。皆が口ずさみラップする、みんなの歌としての日本語ラップがこの何年かでさらに浸透していることを痛感した。

盛り上がりは加速する。ralphとguca owlは、自身の感性に集中するようなストイックなプレイで、内から沸き出る悲哀を表現。特段派手な演出をしなくとも、パフォーマンスだけでこれだけ求心力を持つことができるラッパーは、ほんの一握りに限られる。観客が見惚れる中、ついにPOP YOURSはフィナーレへ。Tohjiの登場だ。Lootaとともに「Yodaka」「Iron D**k」といった曲で圧倒的な世界観を作り上げ、仲間とともにMall Boyzを盛り上げ、「Super Ocean Man」のようなレイヴィなナンバーでは期待通り会場を躍らせる。完璧なショウだった。そこには、ラップ・コミュニティに集う多くのリスナーが見てきた夢が、一つの理想的な形として表現されていた。まだパンデミックが始まる前、彼が「Platina Ade」「HYDRO」といった小規模のイベントでコミュニティを形成し始めていた時期から考えると、随分遠くまで来たように感じる。彼が作り上げたシーンが成熟したことを実感しつつ、踊り狂う観客を眺めながら、2日間の疲れとともに様々な記憶が甦った。つい5年ほど前に、誰がこのような未来を想像していただろう。Tohjiは、一つのマイルストーンを成し遂げたのだ。

2024年、この国のヒップホップは間違いなく次のステージへと突入したように思う。BAD HOPが解散し、LEXとTohjiが真にオルタナティブなスタイルで天下を獲った。近年、多様化の一途をたどり、無数のトライブへと拡散していったヒップホップだが、それでも時代を捉えた感性は必ずや大きな光を浴びるということを、LEXとTohjiは証明した。そして、LEXの日本語の扱いも、Tohjiのコンセプチュアルな表現も、長らく呪縛としてあった本場USヒップホップの影響を踏まえつつオリジナルなものとして確立されているのが面白い。2人には、USヒップホップにはない、独自のエスセティックが宿っている。

昨年末までどう出るか分からなかった、次のヒップホップシーンの潮目が動きはじめた瞬間――「POP YOURS 2024」は、後世振り返った際に新たな時代の幕開けを生んだターニングポイントだったと捉えられるだろう。さあ、いよいよ、新時代が始まったのだ。
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