連載第103回
サッカー観戦7700試合超! 後藤健生の「来た、観た、蹴った」
現場観戦7700試合を達成したベテランサッカージャーナリストの後藤健生氏が、豊富な取材経験からサッカーの歴史、文化、エピソードを綴ります。
W杯でいつも話題になるのが、新ルールやレギュレーションの話。
【早速見られた新ルールでの現象】
5月31日の日本-アイスランド戦は真剣勝負とはほど遠い、トレーニングマッチのようなものだった。
森保一監督にとって試すべきポイントのひとつは、負傷の影響などで出場機会を減らしたり、日本代表から遠ざかっていた選手たちのテスト。冨安健洋、板倉滉、伊藤洋輝が最終ラインに並び、ボランチでも遠藤航がプレーした。コンディションさえ万全なら能力は証明済みの選手たちばかりだ。しかし、彼らのコンディションが上がりきっていないのは明らかだった。W杯開幕まで、あるいは決勝トーナメント初戦頃までに状態を上げることができるのかどうか......。スタッフの腕の見せどころだ。
もうひとつのテストは、南野拓実と三笘薫が離脱した左サイドの戦術。
前半は中村敬斗をウィングバックに置いて伊東純也を左シャドーで試し、後半は長友佑都を入れて中村を左シャドーに移し、さらにその後は後藤啓介がシャドーの位置に入ったが、まだまだ結論が出せる段階ではない。鎌田大地が合流すれば、鎌田のシャドー起用も考えられる。
まあ、そんな試合ではあったが、サッカーにそれほど詳しくない一般のファンに対するアピールという意味で、W杯本番直前の試合で勝利できてよかった。
その日本の決勝ゴールは、アイスランドがひとり少ない状態で生まれた。
アイスランドのアルナル・グンラウグソン監督は85分に2枚替えをした。第4審判の飯田淳平さんが交代ボードを掲げる。
今回のW杯から適用される新ルールによれば、退く選手は10秒以内にピッチを去らなければいけない。ところが、ダニエル・レオ・グレタルソンはすぐにタッチラインに戻って来たが、クリスティアン・ノックビ・ヒリンソンは間に合わなかった。時間稼ぎというより、東京の蒸し暑さに疲れきっていたのだろう。
そこで、ダミアン・コス主審(ポーランド)は新ルールを適用。交代を待っていたイサク・スナエル・ソルバルドソンがピッチに入ることを許されず、アイスランドは10人でのプレーになった。こうした場合、交代選手は「1分間待機」なのだが、実際にピッチに入るにはプレーの中断を待たなければいけない。
だが、日本がボールを保持し続けたので、結局、アイスランドは3分間も10人で戦わなければならなかった。
そして、日本は10人の相手を押しこんで、87分に右ウィングバックの菅原由勢のクロスに小川航基が頭で合わせて先制ゴールを決めた。
試合後の記者会見でグンラウグソン監督は「言い訳にしたくはないが、私はこの規則は好きではない」と語った。
【新ルールによる駆け引きも活発化する】
この新ルール。試合をスピードアップする意図で作られたものだ。
疑問に思うのは、FIFA(国際サッカー連盟)がW杯のたびに新ルールを導入する点だ。新ルールを適用するならW杯の少なくとも1年前には適用を始めて選手たちが新ルールに慣れる時間を与え、問題があるならルールを修正してから大事なW杯を迎えるようにすべきではないだろうか?
とにかく、アイスランド戦は世界で最初に新ルールが適用された試合となった。いずれにしても、日本代表としては親善試合でこれを経験できたのは良いことだった。
今回、日本は新ルールをうまく利用してゴールを決めたのだが、もちろん、逆の立場に立たされることもありうる。そういう緊張感を常に持って戦わなければならないのだ。試合中にそれを経験し、選手たちも自覚できただろう。
新ルールは選手交代だけではない。スローインやゴールキックでも5秒ルールが適用される。アイスランド戦でもアイスランドのスローインが遅れて日本ボールになった場面が1回あった。
W杯ではそのへんの駆け引きも活発化するだろう。
サッカーでは、ルールやレギュレーションの裏をかくような行為はいくらでも例がある。
最近はロングスローがすっかり戦術のひとつになっているが、これも実は"ルールの精神"に反した行為だ。スローインというのは、本来はボールがタッチを割った際にゲームを再開するための手段という考え。例えば、ラグビーのスローインでは、ボールをタッチラインに直角な方向に投げなくてはならない。サッカーでは19世紀にロングスローが流行ったので、それを防止するために両手で頭上を通して投げるように(距離が出ないように)、ルールが改正されたのだ。
【レギュレーションを逆手に取る】
レギュレーションを逆手に取った例としては、2018年ロシアW杯での日本対ポーランド戦が記憶に新しい。
グループリーグ最終戦で日本はポーランドに先制を許してしまったが、日本はそのまま反撃を試みることなく試合を終わらせた。
日本と2位争いをしていたセネガルは、他会場で行なわれている試合でコロンビアに1点リードされていた。そのまま終了すれば、日本とセネガルは勝点で並び、直接対決は引き分け。さらに得失点差も総得点数も並ぶので"フェアプレーポイント"(警告・退場の数によって点数が減算されるもの)での争いとなって、日本の2位抜けが決まる。
そこで、日本の西野朗監督は選手たちに攻撃をしないように指示したのだ。
"フェアプレーポイント"による決着ではあったが、日本の行動はとても「フェア」と言えるものではなかった。
その後、日本がラウンド16で強豪ベルギー相手にすばらしい試合を展開して、あのアンフェアな試合のことは記憶から消えた。だが、あれは西野監督の勝負師らしい賞賛すべき采配ではあったものの、ある意味で恥ずべき試合でもあった。
W杯史上に残る最もスキャンダラスな試合は、1982年スペイン大会の西ドイツ対オーストリア戦だ。
西ドイツは2戦を終えて1勝1敗の勝点2(当時は勝利=勝点2)。一方、オーストリアは2勝して勝点4だった。
そして、前日の試合でアルジェリアがチリを破って勝点4に達していたので、西ドイツは勝利以外なら敗退だ。
スペイン北部ヒホンで行なわれたオーストリア戦。10分に西ドイツのホルスト・ルベッシュが先制点を決めると、その後はどちらも攻撃は試みず、そのままのスコアで試合を終わらせた。3チームが勝点4で並び、得失点差で西ドイツとオーストリアの2次リーグ進出が決まるからである。
僕はあの試合はバルセロナのホテルでテレビ観戦していたが、一緒に見ていたコロンビア人やオーストラリア人とあきれ返っていた記憶がある。
この試合があったため、FIFAは次の1986年メキシコ大会からグループリーグ最終戦は同時刻に行なうようにレギュレーションを改正した。
W杯は究極の真剣勝負。日本代表が本気で今回のW杯で優勝を目指すのであれば、レギュレーションの裏をかくような手段に頼らなければいけない状況もありうる。冷静に、そして狡猾に戦う必要がある。
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