「苦手な食べ物でもひと口は食べてみよう」は虐待や不適切保育なのか? 保育現場も困惑する新基準と専門家が指摘する「構造的問題」
「苦手な食べ物でもひと口は食べてみよう」は虐待や不適切保育なのか? 保育現場も困惑する新基準と専門家が指摘する「構造的問題」

保育所や幼稚園等における虐待事案が全国で相次ぐ中、児童福祉法の改正により令和7年(2025)から虐待の通報が義務化されるなど、国は対応を強化している。一方、保育の現場で「日々の保育をどう見直していけばよいのか」と戸惑いの声も上がっている。

こども家庭庁や専門家などへ取材を行ない、保育現場が抱える課題を探る。

SNSで賛否両論…適切な保育と不適切保育・虐待の線引きは

保育所や幼稚園等における虐待事案が相次ぐ中、国は対応を強化している。

令和7年4月には改正児童福祉法が成立し、これを受け、同年8月にはこども家庭庁と文部科学省が「保育所や幼稚園等における虐待の防止及び発生時の対応等に関するガイドライン」を改訂。10月からは、保育所等で虐待が疑われる事案の通報が義務化された。

保育の質の向上に向けた研修なども行なわれているが、古くから保育現場で使われてきた言葉かけなどをめぐっては、現場の保育士からSNS上ではさまざまな声が上がっている。

「保育園の給食、『苦手な物も食べる』ということをなくさないと不適切保育や虐待はこれからも続く」
「今の時代『苦手なものをすすめる』も『ひとくちだけ』も不適切保育にカテゴライズされる場合もある」

「苦手な物もひとくちだけ食べてみよう」とは、園で子どもたちの食事の際に使われる言葉かけだ。

ほかにも「手はおひざ」「お口にチャック」「壁ぺったん」など、保育現場で慣習となっている言葉かけやかかわりについて、近年では「子どもの人権侵害にあたるのでは」「不適切な保育では」という意見が出ているという。

「不適切な保育」とは、これまでのガイドラインでは「虐待等が疑われる事案」として用いられていたが、改訂版では「不適切な保育」という言葉は用いず、「虐待」の概念を軸とした考え方へと整理した。

さらに、虐待を「身体的虐待」「性的虐待」「ネグレクト」「心理的虐待」の4つに分け、具体例の一部を示している。

こうした見直しについて、こども家庭庁保育政策課の担当者はこう説明する。

「保育所等で虐待と疑われる事案を発見した場合に通報義務を設けました。その後、虐待と認定された場合は、市町村や都道府県が一連の対応をしなければいけないということを義務化し、その一つの線引きとして虐待の定義は法令上置かれています」

担当者によれば、虐待に至らないような保育に関しては、もともとは「不適切な保育」「こどもの人権擁護の観点から望ましくないと考えられるかかわり」という言い方をしており、「『不適切な保育』の中で程度の重いようなものを『虐待』とする」と位置づけていたという。

「ただ、その行為一つ一つを切り取って『この行為自体は虐待とまでは言えないけど不適切だ』と分類すること自体で終わってしまうようなものではなくて、例えば一度強めに叱ったぐらいであれば、その一回をもって虐待とまでは言いませんが、日々繰り返されればそれは虐待となり得ます。

日々の保育をしっかり見直してもらいながら、振り返りが実践されて改善につながるような一連の流れを作らなければ根本的な解決にはなりません。そうした考え方に基づき、『不適切な保育』という言い方をしない形でガイドラインを見直しました」

一方で、自治体や保育現場では「不適切な保育」という言葉は現在も広く使われており、国も「各自治体の運用の中で、従前の『不適切な保育』や『こどもの人権擁護の観点から望ましくないと考えられるかかわり』という概念を用いることは差し支えない」としている。

判断が分かれやすい「嫌がる子どもへの食事の促し」

では、虐待にあたるかどうかは誰が判断するのか。

改訂版ガイドラインでは、虐待が疑われる事案の通報を義務付けており、その判断は自治体が担う。

「通報された場合には、しっかり事実確認をした上で、虐待の判断や必要な指導については市町村や都道府県などの所管行政庁を対応の主体として位置づけています。

また、虐待や不適切な保育を防止する研修について今年度から補助金をつけていますので、今後は自治体で研修をやっていただけるところも増えてくるのではないかと思います」

こうした動きを受け、自治体にも通報や相談の窓口が設けられている。

東京都の「保育所等における虐待等通報・相談窓口」の担当者はこう話す。

「通報や相談を受けると、それが虐待に該当するかどうか、国が作成したガイドラインに基づいて判断しています。たとえば『子どもが保育園に行きたがらなくなった』といった状況があれば、そういったところを加味した上で判断しています」

担当者によれば、すでに通報は寄せられてきており、集計した件数は今後公表していくと話した。

「虐待」の防止に向けた制度整備が進む一方で、虐待に該当しないと判断される保育上のかかわりや言動であっても、日々の振り返りや改善に向けた取り組みは不可欠だ。

前出のガイドラインでも「『虐待』に該当しないものについて、未然防止や改善の取組を要しないことを意味するものではない」としている。

それでは「苦手な食べ物でもひと口は食べてみよう」は虐待にあたるのだろうか。

保育現場で不適切保育防止研修などを行なう一般社団法人日本ウェルビーイング教育・保育協会代表理事の髙橋健司氏は、「行為が虐待に該当するかどうかは、主として『行為の強度・頻度』『保育士等の意図』『子どもの状況・影響』の3つの指標が勘案されます」としたうえで、判断が分かれやすいひとつの例として「嫌がる子どもへの食事の促し」を挙げる。

「苦手なものを嫌がる子どもに対し、大声で注意したりスプーンを口元に当てたりする行為は、単発であれば直ちに虐待とは断定しにくいとされています。

しかし、子どもが嫌がっているのを知りながら同様の行為を毎日繰り返し、結果として『登園をしぶる』という重大な悪影響が生じた場合は、総合的に『虐待』に該当すると判断されます」

不適切保育の背景にある「職場の構造的問題」

髙橋氏によれば、不適切保育は原因によって「限界・爆発型(環境要因)」「スキル不足型(技術要因)」「加虐・嗜虐型(資質要因)」の3つに分類できるという。

「これらを混同すると誤った対応につながります。重大なニュースになるような『加虐・嗜虐型』の事案に対して、『保育士が忙しすぎるからだ』と原因をすり替えることは大変危険です。

明らかに悪意ある行為を環境のせいにして放置することは、日々誠実に働く同僚への裏切りであり、組織の機能不全を招きます」(髙橋氏)

さらに、不適切保育への対応は組織の風土やマネジメントのあり方によって大きく異なると髙橋氏は指摘する。

「不適切行為を引き起こす原因には、個人の疲労だけでなく、『チームの雰囲気が悪い』といった集団的な要因も存在します。

問題を特定の個人の責任に押しつけ、他の職員が他人事と捉えるような組織では、過度な業務量や人手不足といった根本的な問題から目を背けることになります。

一方、適切な対応ができている組織では、マネジメントが『責める』ためではなく『守る』ための仕組みとして機能しています。

そのような園では、違和感を個人の性格の問題としてではなく、リスクとして報告できる風通しの良さが構築されており、これが最大の防止策となっています」

では、どうすれば虐待は不適切な保育を防げるのか。

保育現場の最大の課題として、髙橋氏は「人手不足や書類過多などの職場の構造的な問題によって、保育士が著しく消耗・疲弊していること」を挙げる。

「残業や休憩不足により心のエネルギーが枯渇すると、人は『これ以上エネルギーを使いたくない』という防衛反応を起こします。

その結果、多大なエネルギーを要する『優しく寄り添う』という適切な対応の代わりに、エネルギー消費がゼロで即効性のある『感情的に怒鳴る』というショートカット(不適切行為)を選んでしまうリスクが高まります。

疲弊した環境下では、誰もが感情的になり不適切な対応に陥るリスクを抱えています。不適切な行為を防ぐには、保育士自身がエネルギーに満ちたウェルビーイングな状態であることが不可欠であり、保育者の心の充実を図ることが、現場における喫緊の課題です」

「職員一人ひとりがこどもの人権・人格を尊重する意識を共有すること」とガイドラインにも示されている。虐待に当たるかどうかという線引きだけでなく、「これは適切な保育だったのか」を職員同士で振り返り、改善につなげていくことが求められている。

取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班

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