『唐突ながら: ウディ・アレン自伝』(河出書房新社)著者:ウディ・アレンAmazon |honto |その他の書店

◆栄光の人生とその晩年
ニューヨーク州のブルックリンで生まれた皮肉ばかり口にする生意気な少年が、マンハッタンの中心、しかもセントラルパークの東に邸宅を構える。その可能性は、何千万分の一より多くはない。


ジャズと手品好きの冴(さ)えない少年は、高校生時代からスタンダップコメディアンにギャグを提供する仕事を始め、NY大学を中退するが自ら舞台に立ち、やがて脚本・監督・主演を兼ねるスターへと順調に進んでいく。本書は、ダイアン・キートンはじめ、現在の妻、スン・イーら素晴らしい女性たちとのロマンティックな思い出で埋め尽くされる。

その名は、全世界でカリスマとして語られる。日本でも同様で、多くの映画に「ウディ・アレンの」と冠がつく。異例のことで、熱狂的なファンが確実にいる証拠だ。

その理由は、何より自虐的なギャグのキレ味にある。映画だけではない。本書でも、ニューヨーカーならば、一頁(ページ)に十回は爆笑するに違いない。私でも二回は笑える。たとえば第十四章、演劇の世界ではアレンを上回るヒットメーカーのニール・サイモンから「お褒めの言葉が書かれた素敵(すてき)な手紙」をもらったが、アレンは額面通りには、受け取らない。「だけど、親切な言葉に感動したふりをして、お礼状を送っておいたよ」。こんな調子だ。


また、第十五章では、「ばればれだったかもしれないが、ぼくはずっとテネシー・ウィリアムズになりたかったんだ」と、偉大な劇作家への憧れを隠さない。映画監督のイングマール・ベルイマンを愛してやまないと書く。なるほど、笑いに頼らない『アニー・ホール』『インテリア』『マンハッタン』を撮った理由がわかる。彼らと肩を並べたい。根深いコンプレックスが彼を突き動かしていた。

本書の白眉は、晩年を揺るがす養女に対する性的虐待疑惑への反論だろう。事件の経緯は、訳者によるあとがきに詳しい。邦訳で二段組み四〇一頁の大部の本が、身の潔白を立証するための弁明書とも読める。順調過ぎる人生には、こんな陥穽(かんせい)が用意されていたのか。痛ましく思う。

【書き手】
長谷部 浩
1956 年生まれ。慶應義塾大学卒。
演劇評論家、東京藝術大学名誉教授。 現代演劇から歌舞伎まで幅広く評論活動を展開。著書に『4 秒の革命 東京の演劇1982-1992』(河出書房新社)、『傷ついた性 デヴィッド・ルヴォー演出の技法』(紀伊國屋書店)、『野田秀樹論』(河出書房新社)、『権力と孤独 演出家 蜷川幸雄の時代』(岩波書店)、『天才と名人 中村勘三郎と坂東三津五郎』、『菊五郎の色気』(いずれも、文春新書)、『菊之助の礼儀』(新潮社)など。蜷川幸雄との共著に『演出術』(ちくま文庫)。また、編著に『坂東三津五郎 歌舞伎の愉しみ』、『坂東三津五郎 踊りの愉しみ』(いずれも、岩波現代文庫)などがある。紀伊國屋演劇賞審査委員。

【初出メディア】
東京新聞 :2023年1月28日/中日新聞:2023年1月29日

【書誌情報】
唐突ながら: ウディ・アレン自伝著者:ウディ・アレン
翻訳:金原 瑞人,中西 史子
出版社:河出書房新社
装丁:単行本(416ページ)
発売日:2022-11-29
ISBN-10:4309208703
ISBN-13:978-4309208701
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