水樹奈々『深愛』は、歌手であり声優でもある31歳の女性が人生の栄光をつかむまでの自叙伝。
歯科技工士の父は、叶えられなかった「演歌歌手」という夢を幼い娘に託した。
〈「マイクに頼っているようじゃ、演歌歌手にはなれんぞ」〉。
〈ウィィイイイン! キュイイイイイン! ゴォオオオオオオオ!
凄まじいほどの騒音。その音は、父の手元から発せられていた。左手に持った白い塊を、右手に持った歯科用ドリルで削る音〉。
「とにかく喉を鍛える」という独特な哲学にもとづき、入れ歯や差し歯を加工する父のそばで一日中、白い粉塵にまみれての厳しい演歌レッスンは続く。
中学生で「全国せとうちカラオケ選手権大会」のグランドチャンピオンとなり、卒業とともに愛媛県新居浜市から上京、堀越学園芸能コースに進むものの、まったく鳴かず飛ばずの高校時代。周囲の冷たい目。そして、衝撃の「セクハラ」告白。才能を見出して東京に呼んでくれたボイストレーナーの「先生」との二人暮らしのなかでそれは続いていた。
〈「いいかい、腹式呼吸というのはここに力を入れるんだよ」
「先生、お腹はもっと下ですが!〉
才能ある少女の身に次から次へとふりかかってくる試練。それらに健気に耐え、愚直なまでのまじめさで乗り越えていこうとする水樹奈々の姿は、「ハートキャッチプリキュア!」のぶきっちょヒロイン「キュアブロッサム」こと花咲つぼみそのものだ。
〈私は頑張りが空回りするタイプだった。
〈でも、何かひとつのことに向き合っていくとき、純粋さにかないものはないと、私は今でもそう思うのだ。
混じりけのない想いは、必ず人に伝わる。
私は経験上それを知っているし、そうあることを信じている〉
「私、堪忍袋の緒が切れましたー!」
という決め台詞とともにキュアブロッサムはデザトリアンの理不尽さに立ち向かっていくけれど、これは、声を当てる水樹奈々本人こそが、ずっと叫んでみたかった台詞じゃないだろうか。
『深愛』を読んで、なんてピッタリなキャスティングだったんだろうと、感心してしまった。
「ハートキャッチプリキュア!」は、あと二回で最終回を迎える。もしこの台詞が登場することがあったら、うるっときちゃうかも。
下積み時代から、ゲームキャラクターとして声優デビュー。経済的困難、「先生との戦い」はあいかわらず続くが、キングレコードの名プロューサーとの出会いにより、着実に成功への道を歩み始める。と、そこに悲劇が襲う。
と、筋をざっくり紹介すると、お涙頂戴のタレント本でしょとシニカルに判断される向きもありそうですが、読みべきところはそこだけじゃない。
わたしが面白かったのは、自由につかえるお金もロクになく、居候として遠慮しながら生活する食べ盛りの少女の悲しいまでの食への渇望、そのリアリティ。
〈「ああ! お肉が食べたい!」
たまに食卓に並ぶ唐揚げが盛られたお皿は、私には輝いて見えた〉
〈……何を食べようかと一日中考えていた。うっすら笑みをうかべて考え事をしている私の姿は、きっと奇妙だったろう〉
その他、インスタントラーメン、マック、パスタ、プリンなどなど、憧れの食べ物をはじめて口にした時の今でも忘れられない感動が続々と切々と語られて、いちいち胸に迫ります。
しかし、思春期ならではの健康な食欲は、先生のセクハラに精神的に追いつめられていくうちに、過食へと変わってしまって……。
〈その代償は、おかしな形で表れた。私は布団の中でお菓子をかじった。どうしてそんなことをしたのだろう。明るい蛍光灯の下では、無闇にお菓子を食べることに罪悪感を覚えてしまうからだろうか。
〈自分自身にさえ隠れて食べていた〉。
この一文に出会っただけでも『深愛』を読んでよかったと思いました。
成功した若い女性が、不器用でうまく生きることのできなかった時代を、きちんと逃げずに深く見つめて書かれた一冊。打ち込みたいことはあるものの、自信がもてずに苦しんでいるひと、『深愛』読むときっと「よーしやっちゃろう!」という気持ちになりますよ。(アライユキコ)