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窪田正孝の精密な演技がコロナ禍で生まれた『エール』にもたらしたもの


そういうふうに撮られた鮮烈なインパールでの銃撃シーンののち、帰国して、家の廊下で「音楽が憎い」と言うほど追い込まれてしまったときのうなだれた体のラインの底しれぬ暗さ。ドラマの前半では、雨に濡れながらハーモニカを吹く全身から絶望が伝わった。

このように窪田正孝はどこか屈折した心理の表現に見応えがあって、それはいままでの、朝ドラの主人公が、男女限らず、明るく爽やか、ちょっとおバカだけど一直線、みたいなところとはすこし違う。


むろん、明るく爽やか、ちょっとおバカだけど……という雰囲気は第1話の原始人やダンスなどの表現に見受けられ、魅力的だ(キレがいい)。

ただ、それはたぶん、他にもできる人がいて。ドラマの前半、まだ音楽に自信を持てず、実家にいるときの膝を抱えている姿は他の追随を許さない。窪田の背中を丸めてうずくまる姿は、筆者は舞台『唐版滝の白糸』のときにハッとさせられて以来注目している。

悩める現代人感覚を失わないのが窪田正孝

本来、なんでもできる俳優なのだとは思う。

『下流の宴』『花子とアン』の制作統括を担当した加賀田透さんは、Yahoo!ニュース 個人で筆者が取材したとき、「窪田さんは軽快に動けて、守備範囲の広いショートやセカンドというイメージ」と言っていた。

『下流の宴』は無気力な青年で、『花子とアン』は純朴で誠実な青年だった。『ヒモメン』というだめ男もできるし、『DEATH NOTE』の天才的頭脳を持った冷たい人物もできる。『アンナチュラル』の傍観者的な役割もできる。すべてが自然である。現代性があって、彼の演じる役には感情移入しやすい。

出世作『ケータイ捜査官』の監督・三池崇史と久々に組んだ映画『初恋』の、とんでもないシチュエーションに放り込まれ、壮絶なアクションを披露してもなお、圧倒的に等身大で、悩める現代人感覚を失わないのが窪田正孝。

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加賀田さんは「15週の75回で、『暁に祈る』が売れたあと、裕一と鉄男が2人で語るシーンが印象的です。『俺たちこれでよかったんだね。ひょっとしてなんか、とんでもない間違いをしてる? いや、そんなことないよね』というように自問自答しているような表情。わずか数秒のカットのなかで窪田さんが、曲が売れた嬉しさと、かすかな不安のようなものが瞬時に見える絶妙な表情をしていました」とも言っていた。

そういう微妙な芝居を、米粒に絵を描くような繊細な手付きで窪田は完璧に演じる。筆者は常々、四大精密俳優のひとりと呼んでいる(あとの3人が誰かはここでは書かない)。だからこそ、裕一のかすかな気配にも敏感で、大衆が共感できる曲を作ることができるという才能も、台本なのか、モデル自身なのかわからないが、鋭く読み取って表現できたのだろう。

繰り返すが、ともすれば、みんなでエール! とあやうくアジテーションみたいになりかねない物語の行く先を慎重にずらしたのは、おそらく窪田正孝の力である。極めて精密な演技をする俳優が針に糸を通すような手付きで、精密にほんの数ミリずらしたことで未来はきっといいほうへ変わる。

CMで歌も歌っていてとても巧いのに、『エール』ではけっして歌わなかった。最終回の歌謡ショーも指揮と司会に徹した。歌は声楽家を目指していた妻役の二階堂ふみに任せる、そのわきまえもじつに好ましい。

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Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

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「窪田正孝の精密な演技がコロナ禍で生まれた『エール』にもたらしたもの」の みんなの反応 4
  • 匿名さん 通報

    窪田さんの繊細な演技が大好きです。放映中に自分が感じていた「漠然としたもの」の正体が、木俣さんの文を読んで「腑に落ち」、感謝感激です。 ラストも号泣。コロナ禍のエール、忘れられない!

    19
  • 匿名さん 通報

    窪田正孝さん何故 水川あさみさんなの?

    4
  • 匿名さん 通報

    窪田さんがまるで古関裕而氏そのもののような感覚でドラマを観ていました!『大将、格好よかった』に言及してくださって感激です!窪田正孝さんが素晴らしい俳優さんであることは間違いないと思います。

    2
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