『おちょやん』第23週「今日もええ天気や」

第113回〈5月12日(水)放送 作:八津弘幸、演出:梛川善郎〉

朝ドラ『おちょやん』女・酒・借金・暴力団との交際……寛治のモデル藤山寛美の壮絶な人生
イラスト/おうか
※本文にネタバレを含みます

千代は、舞台に立つ決意をする

千代(杉咲花)一平(成田凌)と再会。一度だけ鶴亀新喜劇に出演することを決意する。

千代「うちらの喜劇を娘に見せたいんだす」
一平「たとえ1日でもやるからには手ぇ抜けへんで」
千代「望むところだす」

ここまで来たらふたりの共演シーンに期待するのみ。
最終回まであと2回!

【前話レビュー】熊田の功績を振り返る 演じる西川忠志は大阪松竹座で桂春団治役をやる予定だった

養女・春子(毎田暖乃)を連れて久しぶりに道頓堀に帰って来た千代を、岡福の人たち、劇団員たちはあたたかく迎える。香里(松本妃代)をはじめとする劇団員たちは芝居のことは一言も言わない。言わないほうが彼らの気持ちがよくわかる。

ひとり残った寛治(前田旺志郎)は千代に、千代がいなくなってから一平が書いた渾身の『桂春団治』のすばらしさを説く。

この本は千代のために描かれていると寛治に言われた千代は台本を読む。そこに描かれたのは、芸に一生を捧げ、そのためには女性を顧みない落語家の悲哀。そして、そんな落語家と関わりあってしまった妻・おたまの魂の叫びであった。『桂春団治』は実在する落語家・桂春団治のことを書いたものだが、一平と千代たちのことも混ざっているように感じられる。読んだ千代はおそらくそれを感じたことだろう。

「芸人の嫁に嫉妬は禁物やなんて嘘やったわ。妬くべきとこはしっかり妬いとかないかなんだ」「芸人の心はわかっても人間の心はわかってへん」などのおたまのセリフを千代が読むと、千代の気持ちの代弁のようである。

ふと見上げると、岡福には、千代と一平の結婚式のときの写真が飾ってある。
岡島、福富、劇団員……亡くなった人たち、去っていった人たちも笑っている(香里はちょっと不服そう)。右の頬に両手で頬杖をつき、じっとその写真を見つめる千代。

朝、熊田に電話した千代が出かけるとき、みつえ(東野絢香)が「おはよう、おかえり」と送り出す。「いってらっしゃい」「いってきます」が言える人がいることはうれしいことである。

千代がでかけた風情あるお寺の庭にいたのはーー
一平だった。

寛治のモデルは藤山寛美

寛治は「僕はいつか喜劇人として一平さんを超えてみせます」と千代に宣言する。

寛治のモデルは、稀代の喜劇俳優・藤山寛美(かんび)と思われる。一平のモデル渋谷天外の書いた『桂春団治』の初演で寛美は酒屋・池田屋の丁稚役を演じた(『おちょやん』でも寛治が演じている)。そのときのキャラクターが受けて、阿呆ぼんキャラで売っていくようになる。

やがて、天外が藤山寛美の阿呆ボンキャラを全面的に生かした『あてにならない人々』を書き、ぼけキャラを確立。これがのちにテレビドラマ『親バカ子バカ』になり藤山寛美は大ブレイク。「新喜劇のプリンス」と呼ばれるほどになった。

寛美は天外を「おやじ」と呼び慕っていて、娘が生まれると天外の脚本を書くときのペンネーム・館直志の「直」から一字もらって「直美」とつけた。
藤山直美は屈指の喜劇女優に育ち、朝ドラ『芋たこなんきん』(2006年度後期)ではシリーズ最年長ヒロインとなった。

喜劇俳優として人気を博した寛美だったが、女と酒に溺れ、多額の借金を作り、暴力団とも関わりをもったため、松竹新喜劇を退団することになってしまう。だが天外は寛美の俳優としての才能を惜しみ、呼び戻す。

その頃、天外は病に倒れたあとで、肉体がだいぶ弱っていた。俳優を退いた天外のあとを寛美が継いでいく。桂春団治役も寛美が継ぎ、藤山寛美の十八番箱の一作になった。

現在、DVD化されている藤山寛美主演『笑艶桂春団治』では、「芸人の心はわかっても人間の心はわかってへん」のセリフは春団治の姉おあきが語っている。このおあきが主人公の『あおきと春団治〜お姉ちゃんにまかしとき〜』は藤山直美主演で7月に新橋演舞場で上演予定。5月に松竹座で予定されていた公演はコロナ禍の緊急事態宣言延長によって中止になった。


千代と灯子の和解

いい感じに枯れた雰囲気の寺の境内で一平と待ち合わせした(この伝言を熊田に電話で頼んだのだろうか)千代は、そこから一平の家に行く。そこで一平と灯子(小西はる)は千代に謝罪する。
千代は、テルヲ(トータス松本)の血を引いた子を養子に迎えたと報告し、「うちらの喜劇を娘に見せたいんだす」と言う。「うちらの」が染みる。
愛する道頓堀のことであり、そこには一平も含まれているだろう。それを聞いた一平の微妙に変化していく表情が印象的。成田凌の名演技。

一平と千代の「たとえ1日でもやるからには手ぇ抜けへんで」「望むところだす」のやりとりを聞いた灯子の固い表情も。男女の痴情のもつれを超えて、俳優としての矜持が前面に出てくる。

そこへ、いいタイミングで、隣の部屋にいた一平と灯子の子・新平が泣き出す。泣き声を聞く千代の顔。心のなかで様々な感情が渦巻いているのが見えるようだ。せいいっぱいの笑顔であやす灯子にかける言葉「灯子、あんた、その子を大事に育てはりますのやな。ほんまにえらいな」がなんとも怖い。

一応、この場は手打ちのようになっている。千代は春子の強い母になることを支えにして、怒りや哀しみを流したかのようにも見える。
そう思って安心してもいいし、そんなに簡単に済まないだろうと思ってもいいし、どちらと考えてもいいようにしてあるところがこの場面の巧みにして、怖いところである。筆者は、しっかと見開いたふたりの女の瞳に、ゴジラ対キングゴジラ並の熱いマグマを感じた。

◎参考文献:藤山寛美『あほやなあ 喜劇役者の悲しい自伝』、三田純市『上方喜劇 鶴家団十郎から藤山寛美まで』

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番組情報

連続テレビ小説『おちょやん

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami
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