睡眠不足は仕事にどのような影響を与えるのか。心理学者のマルク・ティッヘラーは「睡眠は脳が適切に機能するために不可欠だ。
ある睡眠実験では、6時間睡眠と4時間睡眠のグループは3日間徹夜したグループとほぼ同じ生産性だということが判明した」という――。
※本稿は、マルク・ティッヘラー,オスカル・デ・ボス著/児島修訳『脳をオフにせよ 仕事も人間関係もうまくいく集中術』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■働けば働くほど生産性は落ちる
1日の労働時間が長くなると、生産性は低下していきます。よくある状況について考えてみましょう。納期に間に合わせるために遅くまで残業して、なんとか仕事を終わらせます。やり遂げたという安堵感はあるものの、翌日は疲れ果ててゾンビのようになり、まったく使い物にならなくなります。腹立たしいのは、この2日間に成し遂げた仕事量を合計すると、定時で帰宅した場合の2日間の合計よりも仕事量が少ないと気づくことです。もちろん、どうしても残業をしなければならないことはあるでしょう。そのこと自体は問題ありません。しかし、それが常態化してしまうのは問題です。張り詰めた糸は、いつか切れてしまいます。長時間働けば働くほど、生産性は落ちていくのです。

週に80時間も働くのは献身や勤勉さの証しではない。それは単なる非効率である。
■残業の常習化が良くないワケ
このことは、スタンフォード大学の研究によっても裏付けられています。この実験では、被験者に1週間かけて多くのToDoリストをこなしてもらいました。被験者は2つのグループに分けられました。最初のグループにはToDoリストに取り組む時間として1週間全体で40時間が与えられ、2番目のグループには60時間が与えられました。初日の月曜日の終了段階では、60時間のグループの被験者のほうが多くのタスクを完了させていたことがわかりました。この結果は予想通りだといえます。
40時間のグループの被験者は午後5時に帰宅しましたが、60時間のグループはその後何時間も残業をしていたからです。しかし、60時間のグループには翌日に疲労が見られ、生産性が落ちていることがわかりました。
さらにその翌日にも同じことが起こりました。疲労が増すにつれて、彼らの生産性は落ちていきました。
最終的に1週間が経過したとき、60時間働いたグループは、40時間しか働いていないグループよりも生産性が約30%も低いことがわかりました。不思議なことに、働く時間が減ると、成果が増えたというわけです。結論、残業が常態化するのは、良いことではありません。皮肉なことに、今日、私は1日14時間も執筆をしてしまいました。この文章は、午後11時42分に書いています。
自分へのメモ:もう書くのをやめよう。
■午後7時以降はメールの送受信を停止している会社も
しかし、時代は変わりつつあります。常に仕事に追われていることに、うんざりする人が増えているのです。私たちはもう、家族や大切な人と一緒に時間を過ごせないことへの罪悪感や、慢性的な疲労、ストレス、寝付きの悪さなどに、嫌気が差しています。
とはいえ、「帰宅後に仕事のメールをチェックするのはやめましょう」と言うのは簡単ではありません。メールチェックには、中毒性があるからです。もしかしたら、夜に重要なメールが届いているかもしれません。
そう考えると、つい不安になってメールをチェックしてしまうのです。こうした問題に対処するため、ドイツの自動車メーカーであるフォルクスワーゲンBMWでは、午後7時以降はメールの送受信を停止するように自社のコンピューターサーバーを設定しています。メールが送信されなければ、チェックするものもありません。こちらからメールを送ることはできますが、サーバーには翌朝まで届きません。従業員は、重要なメールを見逃していないかと不安になることなく、安心して自宅で静かに夜を過ごせます。
■定時で仕事を終えるデンマーク人
フランスはさらに一歩踏み込みました。管理職が休日に従業員に連絡することを禁じる法律を制定したのです。勤務時間外に従業員に質問すると、法律によって罰せられる場合さえあります。
デンマークでは、定時で仕事を終えることが文化として定着しています。同国では、残業はもはや過去のものです。ほとんどの企業では、新人からベテランまで全従業員が午前9時に出社し、午後5時に退社します。残業をすると、働き方の効率が悪いと見なされ、周りから眉をひそめられます。
こうした文化は確実に良い結果につながっています。デンマークは世界で最も幸福な国であり、EUでも屈指の生産性の高さを誇ります。夫の転職を機にデンマークに移住したイギリス人作家のヘレン・ラッセルは、こう書いています。
「最初、この国の人たちは怠け者なのかと思った。だが違った。彼らは、集中して働いているだけなのだ。
彼らは勤務中に30分ごとにフェイスブックをチェックしたりはしない。仕事と休憩は明確に区切られている。これは良いことだ。おかげで人々は心の平穏を保ちながら仕事ができ、燃え尽き症候群のリスクも軽減できる」
■8時間労働は非効率
スウェーデンでも同じような取り組みが見られます。この国の一部の企業は、従業員に6時間勤務で8時間分の給与を支払っています。このアプローチは、それを導入できる余裕のある企業にとっては良い結果をもたらしています。
病欠が激減し、従業員の幸福度が高まり、生産性が飛躍的に向上したのです。
スペイン、ベルギー、ポルトガル、イタリアといった国々でも、こうした「つながらない権利」に関する法律が導入されています。残念ながら、筆者の母国であるオランダでは、いくつかの取り組みは見られるものの、まだこれに追随していません。こうした法律があれば、人々は「会社から常に連絡が取れるようにしなければならない」というプレッシャーから解放されるのに、実に惜しいことです。
「当初は、1週間当たりの労働時間を減らせば、従業員を増やさなければならないと思っていました。しかし、効率性が上がったので、既存の従業員だけで問題なく仕事が回っています」と、検索エンジン最適化(SEO)サービスを提供する企業の経営者であるマリア・ブラスは述べています。同社は週30時間労働制度を導入して以来、3年連続で収益が倍増しています。
ますます多くの科学的研究が、8時間労働は非効率であることを示しています。たしかに、身体を使うことが多い仕事をしているときは、1日に8時間働けば、それに応じて生産性を上げられるでしょう。しかし、頭を使った仕事をしているときは、時間を増やせば生産性も上がるというわけではありません。本当に集中できるのも、1日に4時間あれば上出来だと考えるべきです。
■睡眠不足がもたらす悪影響
睡眠は究極の休憩であり、脳が適切に機能するために不可欠です。
起床後、何時間も覚醒状態が続くと、脳を回復させなければなりません。
日中に活動していた脳の領域は、レム睡眠中に再び活性化します。このとき、脳はその日の出来事を追体験しているといえます。これによって、重要な情報を結びつけ、不要な情報を取り除いているのです。睡眠時間が短いとこのプロセスが妨げられ、認知能力が低下します。
睡眠不足だとIQが約10ポイントも低下します。また、動作が鈍くなり、注意力が落ち、ミスをしやすくなります。重要なのは、このようなデメリットは、一晩中ほとんど眠れなかったような場合ではなくても起こるということです。数時間の睡眠不足や、熟睡ができなかっただけでも、脳にはかなりの悪影響が生じるのです。睡眠不足による生産性の低下は、社会全体で1人当たり年間平均1967ドル(約31万円※2026年4月1日時点)の損失をもたらすことがわかっています。
■睡眠不足が引き起こすネガティブ感情
睡眠が足りないと、翌日は感情的になり、ネガティブな感情が起こりやすくなります。当然、それは私たちの1日のパフォーマンスにとってプラスにはなりません。これは、扁桃体(前述のように、感情を制御する脳の領域)と前頭前皮質(私たちの気持ちを落ち着かせる働きをする脳の領域)が正常に機能していないためです。
「良い睡眠は、優れたパフォーマンスの前提条件です。健康的な食事と運動を合わせたよりも、さらに重要です」と、睡眠の専門家であるフロリス・ウーターソンは語っています。「“自分は睡眠不足にうまく対処できる”と思っている人は大勢います。少しぐらい睡眠が足りなくても、パフォーマンスには影響がないと考えているのです。しかし、それは大きな間違いです」
■6時間未満の睡眠はまったく寝ないのと同じ
ウーターソンは、睡眠不足とパフォーマンスの関係に関する有名な研究に言及しました。この実験では、被験者を4つのグループに分けます。2週間にわたり、一晩に4時間、6時間、8時間の睡眠を続けるグループ、そして3日間連続で徹夜をする(不運な)グループです。
実験期間中、各群の被験者には様々なタスクを行わせ、結果を評価しました。最もパフォーマンスが高かったのは、予想通り、8時間睡眠のグループでした。意外だったのは、4時間睡眠と6時間睡眠のグループの結果でした。本人たちは大した影響はないと感じていたにもかかわらず、3日間連続で徹夜したグループと同じくらい成績が悪かったのです。
この研究結果は、6時間未満の睡眠は、まったく寝ないのと同じくらい生産性に悪影響を及ぼすことを示しています。私が、「生産性を最大限に高めるために朝5時に起きよう」という生産性の専門家のアドバイスがあまり好きではないのはそのためです。もちろん、早起きして生産性を高めることは可能です。しかし、それは午後9時までに寝た場合の話です。早起きをしても睡眠が足りていないのなら、良いパフォーマンスにはつながりません。

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マルク・ティッヘラー
認知心理学者

神経心理学の専門家。集中力・注意・脳の働きを専門に研究し、最新の神経心理学の知見を実践的に解説する研究者。集中力をテーマにした著書は国際的なベストセラーとなり、20以上の言語に翻訳されている。脳科学・心理学の研究成果を、仕事や日常で実践できる具体的な方法に落とし込むことに定評がある。TEDx登壇や国際カンファレンスでの講演を通じ、世界各国で集中力とパフォーマンス向上について発信。オスカル・デ・ボス生産性・集中力向上の実務家。研修企業「Focus Academy」の創設者として、企業・組織向けに集中力と生産性向上を支援している。ポッドキャストや講演を通じて、集中力や脳の休ませ方に関する最新情報を継続的に発信している。

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オスカル・デ・ボス
生産性・集中力向上の実務家

ビジネスパーソンの生産性と集中力アップを支援する研修会社「フォーカス・アカデミー」の創設者。同社でアプリやビデオ、書籍など、幅広く実用的なツールを開発。ワークショップや講演などの活動を積極的に行う。英語やオランダ語でのプログラムも提供。

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(認知心理学者 マルク・ティッヘラー、生産性・集中力向上の実務家 オスカル・デ・ボス)
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