葬式や法事に「派遣される僧侶」がいる。住職の松谷真純さんは「宗派違いの法事の依頼が舞い込んだことがある。
中古CDで読経を練習し、袈裟はヤフオクで1500円の中古品を買って準備した。ところが当日、隣の墓でホンモノの臨済宗僧侶が法要を始めた」という。派遣僧侶が冷や汗をかいた一部始終を明かす――。

※本稿は、松谷真純『葬式坊主なむなむ日記――檀家壊滅! 還暦すぎて派遣で葬儀に出かけます』(三五館シンシャ)の一部を再編集したものです。
■かなり気が引ける仕事
都立多磨霊園は日本で最初の公園墓地である。霊園の門をくぐると、そこには128ヘクタールの広大な敷地の中に不思議な異空間(※1)が広がる。
とくに目を奪われるのはさまざまな形状の大小の墓で、日露戦争の天王山・日本海海戦でバルチック艦隊を打ち破った東郷平八郎、太平洋戰爭劈頭(へきとう)時の真珠湾攻撃の立案者たる山本五十六(いそろく)、2人の連合艦隊司令長官の大きな石碑が並ぶ様子はなかなかの奇観だ。
私はこの霊園での仕事が入ると、2人の提督の墓の前で合掌する。すると東郷平八郎のほうにより霊威を感じる(※2)。下請け坊主にすぎない私も一応の仏道修行はしたゆえにか何がしかの感受性を持っている。
……なんてことを言いながらも、今日の仕事は宗門に属する僧侶としてはかなり気が引けるものだ。
依頼元は、個人で葬儀法要の紹介業をしている堀江さんで、彼からはたまに法事か葬儀の依頼がある。

じつのところ、私は堀江さんの選ぶレギュラー選手ではない。堀江さんが懇意にしている僧侶は宗派ごとに何人かいるらしいが、私は補欠で、レギュラーの都合が悪い場合に限ってのみ、お声がかかる。
堀江さんから電話があったのは数日前のこと。
「臨済宗なんですけど、松谷さん、なんとかできませんか?」
堀江さんが頼み込むように言う。たまたま臨済宗の僧侶がみな都合がつかず、私にピンチヒッター役が回ってきたのだ。
本来、こうした宗旨違いの仕事(※3)は受けない。だが、少しでも仕事を受けて収入を増やさなければならない私の立場ではそうもいかない。それに今回断れば、補欠の私に次の機会が回ってこなくなるかもしれない。そんなことを言い訳に、ある時期からかなり無茶な依頼でも黙って受ける習慣がついた。

※1 不思議な異空間

ヨーロッパの都市の広場にも似た円形のロータリーの先に放射状に道路・歩道が続き、古代ローマの建物もかくやと思わせる古風なアーチ状の塔、街路樹、鬱蒼とした植樹群が点在する。

※2 霊威を感じる

東郷平八郎は、東郷神社(渋谷区神宮前)で「勝利」「至誠」「強運」などの神徳を持つ祭神として祀られている。

※3 宗旨違いの仕事

たとえるなら、フレンチのシェフに懐石料理を頼むようなものだろうか。

包丁は使えるし、出汁もとる。料理の基礎は同じだが、本職ではない。

無難にそれらしい味を出すことはできるかもしれないが、高い期待には応えられない。それに見る人が見ればわかるだろう。そもそも本職のフレンチシェフなら懐石料理を頼まれても断るはずだ……。
■CDを聞いて読経を染み込ませる
「臨済宗ですね。わかりました。なんとかやってみます」
私がそう言うと、堀江さんはおおげさに喜んだ。
「いや~、ありがとうございます。恩に着ます。松谷さんみたいになんでもやってくれる方がいると、僕らも助かりますよ」
褒めているのか、腐しているのか、よくわからない。こうして依頼を引き受けたわけだが、こうなった以上きっちりと仕事を成し遂げる必要がある。

臨済宗の経本は以前購入して持っているので問題ないが、大事なのはいかにも臨済宗僧侶らしい雰囲気と読経時の音調である。これは一朝一夕では味が出ない。
私はネットで中古CDを注文した。世の中、便利になったもので、各宗派ごとの僧侶の読経・勤行の音声を収めたCD(※4)が発売されているのだ。到着したCDを繰り返し聴き、臨済宗の読経を身に沁み込ませた。さあ、準備は万全(※5)だ。

※4 CD

「真言宗の法要」とか「曹洞宗の読経」といったもので、そもそも誰がそのようなものを必要とするのかよくわからない。まさかニセ坊主の勉強のために売り出されているはずもないが……。

※5 準備は万全

読経の稽古とあわせて衣装と小道具の準備。宗派ごとに法衣や袈裟、数珠や鳴り物(「打ち鳴らし」「引金」などさまざまな名称で呼ばれる)、その他法具も異なる。さすがに1回の法事のためにそこまでの投資はできないため、禅宗(臨済宗など)で使う絡子という袈裟と、宗派超越的(どの宗派のものでもない)数珠、手持ちの引金で対応することにした。
■運の悪い出来事
5月初旬、朝から抜けるような青空が広がる法要日和、多磨霊園で行なわれる藤井家三回忌法要に向かった。

予定20分前に到着すると、机と香炉、打ち鳴らし(鈴(りん))が置かれていた。藤井家の人たちはまだ誰も来ていない。
ふと見ると藤井家の墓の右隣にもほぼ同じしつらえの机がある。広大な多磨霊園の中、隣同士で似た時刻に法要が行なわれるのは珍しい。
とはいえ、藤井家の法要は午前11時スタートで、じつはこの時間はゴールデンタイム(※6)でもある。法事のあと、みなで会食というケースが多いからだ。
隣同士で2人の僧侶が別々のお経を読めば、読経の音が被ってしまう。お隣さんは11時半くらいからだといいのに、と考えていた。
藤井家の人々が集まり出したのと時を同じくして、隣の墓にも数名黒い服の男女が現れた。運悪く双方とも11時スタートらしい。

※6 ゴールデンタイム

霊園での法事は土日の10時半から13時半くらいまでに行なわれるケースが多く、中でも11時から11時半スタートが過半を占める。最近では施主が開始時間に遅刻してくることも多くなった。

これも僧侶への敬意が失われていることの一例な気がする。
■ニセ坊主、大ピンチ
「今日はお世話になります。上題寺のものです」
藤井家の代表の70歳くらいの男性にあいさつをする。この名称は、依頼元の堀江さんからそう言うように指導を受けたものだ。「上題寺」について何か質問を受けたら困るわけだが、そのときはそのときで適当に答えようと腹をくくっている。施主はそれ以上、何も聞いてはこない。すると次の瞬間、驚くべき事態が出来(しゅったい)した。
墓と墓のあいだの歩道をこちらに向かってゆっくりと歩いてくる僧侶の姿は明らかに臨済宗の僧侶のつける法衣、袈裟(絡子(らくす))だったのである。
それだけではない。その法衣と袈裟は遠目からも正絹(しょうけん)の高級品であることがわかる。
悲しいことに私がつけている袈裟はヤフーオークションで1500円で入手した中古の安物で、見る人が見れば、グレードの差は歴然(※7)だ。
まずい! 対応力の高いプロのニセ坊主たる私はただちに危険回避の手段をとった。

※7 グレードの差は歴然

法衣の品質はすべて値段で決まるといえる。同業者であれば、このときの私の法衣姿を一瞥するだけで「貧乏坊主」とすぐわかるはずだ。
■作戦その1「カメレオン擬態」
ホンモノ僧侶が隣の墓に着く前に、ごく自然に法衣バッグを開け、着用していた袈裟を外し、仕舞い込んだ。同時に茶色の如法衣(にょほうえ)という別種の大きな法衣を取り出し、瞬く間に左肩から右脇下を通し、紐を結び着用した。
如法衣を使う宗派は多く、パッと見ただけではどの宗派かすぐに判別することはできない。いわば如法衣着用による“宗派のカメレオン擬態作戦(※8)”だ。これにより隣のホンモノ僧侶に疑念を抱かせないようにと考えたのだ。たまたま法衣バッグに入れていた如法衣が奏功した。
私は改良服と称される簡易な黒の法衣を着ている。ふつうはこの法衣の上に如法衣をつけることはありえないのだが、一般の人にはそんなことはまずわからない。同業者も「他宗派にはそんなこともあるのかな」くらいに考えるだろう。実際、藤井家の人たちはこれが読経の準備とでも思っているのか、とくに関心を示していない。

※8 宗派のカメレオン擬態作戦

厳密にいえば、如法衣は宗派ごとに着用する方法が違うが、僧侶の中にも自己流で着用する人もいるため、同業者でも細かいことを見咎めるようなことはない。
■作戦その2「超宗派型棒読み読経」
あいさつもそこそこに私は鈴を2回打ち、読経を開始した。ただ、昨晩しっかり練習した臨済宗風の読み方は捨て去り、どこの宗派かわからないような“超宗派型棒読み読経”で、観音経を読誦(どくじゅ)した。観音経は臨済宗でも読まれるが、ほかの複数の宗派で常用する。他宗の僧侶役を演じる際にじつに頼りになる経なのである。
そうしているうちに隣の墓前でも法要が始まり、読経の音が聞こえてくる。これは確かにホンモノの臨済宗のベテラン僧侶だなとわかるのは、やはり私がホンモノのニセ僧侶だからかもしれない。
隣の様子を見ながら、声を抑え気味にした読経を終える。
「お隣さんにも配慮し、声は小さく抑えました」
藤井家のみなさんに白々しい言い訳をしながら、法話につなげる。
法話の内容も当たりさわりがないこと(※9)がボロを出さない秘訣だ。
横目で隣を見ると、ホンモノ臨済宗僧侶は読経中で、当然こちらに関心を示していない(※10)。私は施主の藤井さんから、布施袋を受け取り、静かに墓前を立ち去った。
歩きながら初夏の陽気のせいとばかりはいえない汗が、背中をじっとりと濡らしていることに気づいた。

※9 法話の内容も当たりさわりがないこと

「三回忌というと亡くなられてから丸2年が経過した節目となります。こうして2年の月日を経ると、悲しみの中にも少しずつ穏やかな思いが芽生え、故人のことを懐かしく、あたたかく語り合えるようになってきたのではないでしょうか。仏教には諸行無常という言葉があります。すべてのものは常ならず、絶えず移り変わっていく。この2年という時の流れもまた無常のあらわれであります。そして、その移ろいの中で、私たちの心もまた変わり、深まり、育まれていきます」

※10 関心を示していない

もしかするとニセ坊主に気づきながらも見て見ぬふりの“仏のこころ”だったのかもしれない。

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松谷 真純(まつや・しんじゅん)

派遣僧侶

1960年代、東北地方某県生まれ。大学卒業後、地元企業にサラリーマンとして勤務。30代半ばに得度。紆余曲折を経て、跡継ぎのいない地元寺院の住職となるものの檀家の激減により、東京で派遣僧侶として働くことに。著書『葬式坊主なむなむ日記』(三五館シンシャ)では、派遣僧侶の目から見た「奇妙な業界」の実態を赤裸々につづる。

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(派遣僧侶 松谷 真純)

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