◆春季高校野球関東大会▽2回戦 山梨学院10―3水城=7回コールド=(17日・千葉県野球場)
この日、最高気温30度を記録した千葉市。千葉県野球場の客席にも容赦なく、強烈な太陽光線が降り注いだ。
「せっかくだからバスを1台借りて、みんなで応援に行こうって。朝、水戸から来ました。応援委員にチア、理事・監事の方々と一緒にね。応援というのは一見、他人にしているようで、実は巡り巡って自分に返ってくるものだと思っています。巡り巡って、自分の元に戻ってくる。応援団とチアが、この前の金曜日も練習していてね。それをベランダから一般生徒が見て、拍手を送っている。そういう姿がいいなと思ってね」
声の主は同校の加茂川裕昭校長(68)だ。今春就任したばかり。実は野球とは縁が深い。子供の頃から大の巨人ファンだったが、8歳年下のいとこ、加茂川重治さんは茨城東のエースとして活躍し、1983年のドラフト4位で巨人に入団。
「子供の頃、一緒にキャッチボールしたこともありますよ、その頃は、たいしたことなかったなあ(笑)。高校3年の夏の茨城決勝では水戸商と激突して、私も応援に行ったもんですよ。1学年下のデーブ大久保さんに結構打たれたんだけど、初の甲子園を決めてね。甲子園では後のブンブン丸…今、ヤクルト監督を務める池山隆寛さんの市尼崎と戦って、延長で負けちゃったんだよなあ」
加茂川先生は東北大理学部数学科を卒業後、数学教諭になった。自身もOBである県内屈指の進学校・水戸一では「カモセン」と呼ばれる名物教師として、生徒に慕われた。
自身も在学中にプレーしたラグビー部の顧問を務めながら、夜通し70キロを踏破する学校行事「歩く会」では、残り30キロのレースで全校生徒を振り切り、1位でゴールしたこともある。1992年、私が水戸一3年の秋だった。衝撃だった。
数学の授業は、前夜の巨人軍の戦いぶりに一言、もの申した後に始まる。解法ではただ答えを出すのではなく、「エレガントさ」「華麗さ」を求め、生徒の知的好奇心をくすぐった。カモセンから数学の妙味を味わい、難関大の理系に進んだ後、今もなお第一線で活躍する研究者は枚挙に暇がない。
あの頃、なぜ「正しさ」だけでなく、「美しさ」を求めたんですか?
この日の試合を見つめながら問うと、笑みを浮かべてこう答えた。
「長嶋茂雄のスローイングのようなものですよ」
* * *
高校生の本分は学業にある。しかし、加茂川校長は自らの経験から、部活動や学校行事に参加して、仲間と一緒に汗をかくことの意義を強調する。
「ラグビー部の3年間は、自分の人生を作ってくれた。人間関係の濃密さを知るっていうか、そこでこそ学べることもいっぱいある」
水城ナインに求めることとは、何だろうか。
「とにかく最後まで、諦めないことですよ。春の茨城県大会準々決勝では、下妻一に1点リードされた9回、諦めないで、追いついて。最後タイブレークでサヨナラ勝ちしたんです。みんなの気持ちが伝わってきましたよね。ウチの選手は、本当に諦めないんだよね」
この日、百戦錬磨の強豪・山梨学院戦は3回を終え、0-5の劣勢だった。しかし、水城ナインはネバーギブアップを貫いた。2番の富田亜門、3番で主将の大野陽彦が連打を放ち、4番の滑川琉生が犠打を決めると、2死二、三塁から2年生の七字雄琉が左中間へ2点二塁打。
結果的にコールドでの敗退となったが、水城ナインにとっては勝負の夏へ、貴重な学びの時間になったことは間違いない。
加茂川校長は言った。
「高校野球も夏の甲子園で優勝したチーム以外は、必ず1度は負けるわけですからね。全ては勉強ですよ」
勝って学び、負けて学ぶ。大きな声援に後押しされながらも、初夏の千葉で味わった悔しさから、若者たちは何を得るのだろうか。
彼らにとって一生忘れられない熱い夏が、もうすぐやってくる。(編集委員・加藤弘士)










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