3日に一周忌を迎えた“ミスタープロ野球”長嶋茂雄さん。今なお鮮烈なその記憶を、スポーツ報知では「ミスターの世界」と題した連載で振り返る。
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香坂が広報担当に就いたのは1992年。10月、藤田元司監督が退任し、長嶋茂雄監督が12年ぶりに復帰した。それまでは選手をサポートしていたが、藤田前監督には担当広報がいなかった。巨人は取材記者が多く、ただでさえ繁忙なのに監督の取材対応にも追われるようになる。
「死にそうになったよ」。就任会見を仕切ることになったが勝手がわからない。進行に戸惑っていると、ひな壇の主役は報道陣の質問を現役時代の守備のように華麗にさばいていた。「長嶋さんはカメラが何台あって、どこの新聞記者が来て、とみんな知っている。どうやって映像ができて写真ができて、どうやって原稿ができるか。マスコミがどう言えばどういうものができあがってファンに届くか、わかっていた」。今でもその聡明さに感服している。
年が明けると打撃投手を務めていた小俣進が監督付広報になったが、香坂の忙しさは変わらなかった。その年の11月、星稜のホームランバッター、松井秀喜がドラフト1位で入団。メディアの注目度は当然のように増え、日常の業務以外では想定外の事態が起きた。松井を将来の4番打者に据えようとする長嶋監督は大物ルーキーに英才教育を施した。ある時は自宅に松井を呼び、目の前で素振りをさせて、目を閉じてその音を聞く。「4番1000日計画」の一環だ。
ミスターは突如として松井の素振りを見たいと言い出すことがあった。その意を受けた小俣が松井に電話をしても、つながらないことがある。そんな時、小俣が頼ったのが松井が信頼していた香坂だった。「監督と松井が素振りをしているなんて(はじめは)知らなかった」。休日で電話をしても出ない日は家で寝ていることがほとんど。自宅へ足を運んでインターホンを押し、起こすこともしばしばだった。
ある年のシーズンオフ。松井は翌年使うバットを選定するため、岐阜県内にあるミズノの工場へ足を運んだ。同行した香坂の携帯電話に小俣から「松井がいないんだよ」と連絡がある。「今、バットの試打をしているから伝えておきます」と返しても「監督が待ちきれないんだよ」。こんなやり取りが何度もあったという。「松井が行方不明になったことはなかったから、素振りをすっぽかしたこともなかったと思う。長嶋さんとの一番の思い出」と感慨深げに振り返った。
◆香坂 英典(こうさか・ひでのり)1957年10月19日、東京都生まれ。68歳。川越工から中大を経て1979年ドラフト外で巨人に入団。現役5年間で1軍通算成績は8試合1勝0敗。引退後は打撃投手兼スコアラー、広報部、ファンサービス部、編成調査室、ファン事業部長などを歴任して2020年に退団。










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