3日に一周忌を迎えた“ミスタープロ野球”長嶋茂雄さん。今なお鮮烈なその記憶を、スポーツ報知では「ミスターの世界」と題した連載で振り返る。
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燦々と輝く陽光が栄光の背番号3を照らしていた。2000年2月12日、宮崎キャンプ。前年、長嶋茂雄監督は広島からFAで加入した江藤智に背番号33を譲り、再び永久欠番の3番を背負った。そのお披露目がこの日だった。
「我が巨人軍は永久に不滅です」と叫んで引退した1974年10月14日以来9252日ぶりの復活。その“舞台”を取り仕切ったのが香坂だった。「あんなことやったことがない。大イベントでした」。懐かしさに目を細めた。
背番号3のお披露目はいつになるのか。この年の宮崎キャンプの最大の関心事だった。
監督付広報の小俣進から「やるぞ」とささやかれたのは当日の朝。舞台は主に内野手の守備練習で使っていた宮崎県総合運動公園(現ひなた宮崎県総合運動公園)内のA球場と呼ばれる軟式野球場だ。江藤が特守をしているA球場に長嶋監督が登場。グラウンドコートを脱いで背番号3を披露し、江藤にノックするという“設定”だ。
混乱を起こさないためには準備が必要。報道陣にはそれとなく伝え、グラウンド内のカメラマンを1社1人に制限するなど万全の配置を敷いた。監督の導線、立ち位置の確認などリハーサルも完璧だった。
予告があったわけではないが、3連休中日の土曜日。晴れとあって運動公園周辺には当時の史上最多観客数を7000人も上回る5万5000人のファンが詰めかけた。A球場には約200人の報道陣が集結し、スポーツ報知はカメラマン4人を配置。その瞬間を撮り逃すまいと殺気立っていた。
盛り上がりをみせる中、長嶋監督は江藤が特守をしているA球場に登場。監督車を降りてグラウンドに歩を進めると、さっそうとグラウンドコートを脱いで背番号3を披露した。篠塚和典コーチに代わってノックバットを握ると「さあ、いくぞ江藤!」と声をかけて41分間、223球を打ち続けた。A球場を取り囲んだファンから大きな拍手が起き、背番号3の復活ショーは見事に成功した。
栄光の背番号3の復活をファンがどれほど待ちわびて、喜んでいるか。それを最もわかっていたのは長嶋茂雄本人だったと確信している。香坂の回想。「長嶋さんは演出家。
大きな混乱はなかったが、香坂にとって想定外の事態が起きていた。車から降りた長嶋監督、所憲佐サブマネジャー、小俣広報に続いて人影が…。佐野元国バッテリーコーチだった。打ち合わせになかった佐野の登場に香坂は絶句した。
佐野は何事もないようにホームベース付近で歩を止めると、ミスターが脱いだグラウンドコートをしたり顔で受け取るではないか。メディアからは一瞬、驚きの声が上がったが、その瞬間を撮れたとあってクレームはなかった。「栄光の背番号3のお披露目だよ。映らない手はないだろう」という佐野の一言に笑うしかなかった。「自分も篠塚も佐野も同い年で長嶋さんに憧れた世代。
◆香坂 英典(こうさか・ひでのり)1957年10月19日、東京都生まれ。68歳。川越工から中大を経て1979年ドラフト外で巨人に入団。現役5年間で1軍通算成績は8試合1勝0敗。引退後は打撃投手兼スコアラー、広報部、ファンサービス部、編成調査室、ファン事業部長などを歴任して2020年に退団。現在は社会人野球クラブチームの全府中野球倶楽部でコーチを務める。










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