中日ドラゴンズ一筋32年。数々の金字塔を打ち立てたレジェンド左腕・山本昌さんが、スポルティーバのYouTubeチャンネル『ベースボールチャンネル』に登場した。

聞き手はお笑い芸人TIMのレッド吉田さん。現役時代に対戦した「衝撃の投手」の記憶から、注目する現役選手、そして幻に終わったメジャーリーグ挑戦の裏話まで、余すところなく語ってもらった。
 

【対戦して衝撃を受けた投手たち】

レッド吉田さん(以下、吉田) プロに入られた時、「すごい」と感じた投手はどなたですか。

山本昌さん(以下、山本) すごいピッチャーはたくさんいましたよ。まずびっくりしたのは、阪神のマット・キーオのカーブです。天井からボールが落ちてきたと思ったら「ストライク」って言うんですよ。「嘘だろ」って思って、次の球は(高めの)真っすぐでカーブじゃないと思って、バットを横じゃなくて、(下から上に)縦に振って空振り。バレリーナみたいにクルクル回っていました(笑)。それくらいの衝撃でしたね。

吉田 歴代でナンバーワンに挙げるとしたら?

山本 やっぱり巨人の斎藤雅樹さんですね。今まで対戦したなかで歴代トップだと思っています。サイドスローから当時のスピードガンで145、146キロが普通に出ていた。今のスピードガンで計れば、おそらく平均で150キロ近く出ているでしょう。

球種は真っすぐとカーブとシンカーだけなんですが、左打席に立つと外から来た真っすぐが、最後にホップして体のほうに食い込んでくる。「こんなの打てるわけないじゃん」と思いました。斎藤さんと投げ合う時はいつもロースコアで、僕の力負けという感じでした。

吉田 当時の巨人には桑田真澄さん、槙原寛己さん、斎藤さんと三本柱がいましたね。

山本 いつも誰かと投げ合っていましたね。斎藤さんは、本当に分が悪い。槙原さんとは五分五分くらい。桑田さんには少し分がいいかな、という感じでした。ジャイアンツの打線もすごかったので、本当に大変でした。

吉田 ダルビッシュ有選手、田中将大選手、松坂大輔選手とも対戦されましたね。

山本 みんなすごいですよ。ただこの3人はね、ピッチャーには真面目に投げてこないんです。

よく言う「ギアを下げたまま」で、ひょいひょいと投げてくる。どちらかというと休憩タイムみたいな感じで、僕らピッチャーなんて相手にしていない。打者としては、この3投手の本気の真っすぐは、見たことがないですね。そう思うと斎藤雅樹さんの真っすぐはすごかったなと感じますね。

【同学年のライバルたちとの死闘】

吉田 同学年にもプロ野球選手がたくさんいましたね。

山本 高卒で言うと水野雄仁さん、池山隆寛さん。大卒だと古田敦也さん、社会人から阪神に入った八木裕さんもいました。

吉田 ライバル心はありましたか?

山本 もちろんライバル心はありました。当時強かったスワローズには古田さんと池山さんがいましたしね。

 一番印象に残っているのは、名古屋球場での池山さんとの対戦です。「池山との対戦だ」と思ってつい意地になってしまって。なんとか打ち取ったんですけど、ファールが続いて1番打者に15球くらい費やしたんですよ。本気で投げていたので、そのあと疲れちゃって、すぐにKOされてしまいました(笑)。

「こういうのはだめだな」と思って、それから普通にいこうときり替えました。

吉田 ピッチャーの同級生では、吉井理人さん、小宮山悟さん、渡辺久信さん、星野伸之さんらがいますね。

山本 同学年には「昭和40年会」という集まりがあって、25、26歳の頃からずっと毎年やっていたんです。長嶋一茂さんも入っていましたよ。今も球場に行くと、池山さんは監督をしているし、橋上秀樹さんが代行監督をやっているし、吉井さんも監督をしている。必ず挨拶に行って、「頑張っているね」って話をしていますね。

吉田 「昭和40年生まれ」は伝説の世代ですよね。

山本 変わり者も多いですよ(笑)。あとは、僕らの世代が、一番野球熱があったと思います。全国的に、男の子は小学校に入ったらまず野球という時代でした。僕らの小学校なんて、各クラスに野球チームがあったんです。ちゃんとしたチームではないですけど、授業が終わったら「今日は何年何組と試合」と言って、空き地に行って試合していました。

【球速と体が丈夫なことは大事】

吉田 日本球界の現役プロ選手で注目している投手は?

山本 ピッチャーはやっぱり中日の高橋宏斗選手ですね。今年はそんなに勝てなかったですが、ポテンシャルとして、彼が一番。先発ピッチャーで平均球速150キロを大きく超える投手というのは少ないなか、彼は平均が153キロくらいありますから。それに、まだ伸びしろがある。

 もうひとつ大事なのは、ケガをしないということです。髙橋宏斗選手がどこか痛いと聞いたことがない。球速が速くて、かつ丈夫。これはすごいことですよ。まだ25歳くらいで、今は勉強中といった段階です。僕だって、勝つコツをなんとなくつかんだのは、30歳を過ぎてからです。今のポテンシャルでやり続けてくれれば、さらに勝てる投手になるでしょう。WBCにも20歳のころから2回選ばれているし、これからが本当に楽しみです。

吉田 バッターではいかがでしょう。

山本 バッターは、今だと阪神の森下翔太くんかな。もちろん佐藤輝明くんもすごいけれど、私が対戦したらという意味で言うと、森下くんです。私は左ピッチャーなので左バッターは少し得意な面もある。右バッターで対戦を想定すると、やっぱり森下くんが気になります。

 侍ジャパンの取材で球場に行った時、彼がちょうど打撃練習をしていたんです。井端弘和監督と話しながらその打球音を聞いて、「え、何?」と思いました。もう破裂音がするんですよ。ボールがひしゃげて潰れているんじゃないかというくらいの音がして、打球がスタンドに一直線に飛んでいく。あのスイングの速さは、左ピッチャーとしては、厄介だなと感じましたね。

【もし全盛期に大谷翔平と対戦したら】

吉田 大谷翔平選手についてはどうですか。

山本 大谷くんはもうぶち抜けていますよ。野球をやってきた人間からすると、信じられない存在です。私の成績のなかで勝てるものがあるとしたら、50歳まで現役をやったことくらいかな。

大谷くんが50歳まで現役を続けたら、勝てるものがひとつもないです(笑)。

吉田 全盛期の山本昌さんなら、大谷選手にどう投げますか。

山本 左バッターですからね。三振を取れる可能性はあるけれど、打たれる可能性も十分ある。まず初球はスクリューで自打球を当ててもらって、少しひるんだところでカウントを有利にして、最後はアウトコースのスライダーで、という作戦ですかね。

 ただ、その初球のスクリューがスタンドまで運ばれる可能性もある。弱点を探そうにも、逆方向にも大きいのを打つし......弱点はないかなあ。4打席対戦して、1安打に抑えられれば勝ちとしたところで、2本は打たれそうな気がします。ホームランだけは打たれないように、というイメージですね。

【幻のメジャー挑戦】

吉田 メジャーリーグへの挑戦を考えたことは?

山本 誘われましたよ。ホワイトソックスと、今でいうガーディアンズです。それから1997年のオフ、FA権を初めて取得した時にも、2チームから話がありました。僕は同シーズンに最多勝と最多奪三振の2冠を獲得して、ちょうどFA権を取った年でもあったんです。当時、中日で外国人選手だった方から連絡があって、「このチームとこのチームがあなたを欲しがっている、交渉しないか」と。

 ただ、97年は、名古屋ドーム開場の年。それなのに中日が最下位になった年でもありました。で、当時の指揮官は星野仙一監督だったんですよ。その星野監督が次に向けて、鼻息荒くなっている最下位のチームで、2冠のピッチャーが「すいません、ちょっと出ていきます」とは言えないじゃないですか。

吉田 それは言えないですね。

山本 とにかくメジャーに関しては、野茂英雄くんが活躍してくれたからこそ。そのおかげで日本人ピッチャーの評価が上がって、その後、多くの選手たちが向こうでやれるようになったと思います。(当時メジャーに行ったのが)野茂くんじゃなかったら、日本人選手がメジャーに行くのは5年、10年遅れていたと思います。

 僕もアメリカに行っていたら、50歳まで現役を続けるのは無理でした。結果的に、ドラゴンズ一筋で最後までプレーできたことは、本当によかったと思っています。

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