ただひたすらに打ちのめされる。こんな読書体験は久しぶりだった。
物語は、静謐な空気に満ちていながら、同時に不穏さを感じさせる。事件発生時、主人公の更紗は9歳だった。それまでは、決して我慢をしない風変わりなお母さんと、市役所に勤めている真面目なお父さんとの三人暮らし。部屋には美しいものばかりが飾られ、たまに夕飯としてアイスクリームを食べるような生活を送っていた。
しかし、幸せな日々は終わりを告げる。お父さんが病気で亡くなり、お母さんは泣いて泣いて泣き続けた後に恋人を作ってやっと泣き止んだ。けれども母と娘の暮らしは元には戻らず、あるときお母さんは恋人の車に乗って出かけていき二度と帰らなかった。更紗は伯母の家に引き取られたが、そこはまったく安らげる場所ではなかった。ある日突然の雨が降り出した公園で、更紗はそこでよく見かける若い男と初めて言葉を交わす。
私の胸が痛んだのは、更紗や文の周りにいる善意の人々の発言や心の動きが、ことごとく自分のものと重なったからだろう。だって、我が子が(うちは息子ばかりだが、それでも)小児性愛者という疑いのある人間と何日も一緒に過ごして、平静でいられるだろうか? いくら子どもが「何もされなかった」と言ってもその言葉を心から信じられるだろうか、いやそもそも「何もされなかったのなら問題なし」と思えるだろうか?
しかし更紗にとって、また文にとっては、他人の同情など何ひとつ意味がないのだ。この世で理解し合えるのはお互いだけ。よりつらいのは、更紗や文が善意の人々に対して「なぜわかってくれないのか」といった激しい怒りの気持ちを持っていないことだ。彼らの優しさを否定しきれず、でも受け入れることはできない。他人が親切であればあるほど彼らは孤独になっていく。
私たちにできるのは、もしかしたら真実は誰もが予想するような簡単な話ではないのではないかと、こんな関係性もあり得るのだと心に留めておくことくらいなのだろう。現実の世界には犯罪があふれ、実際にこういった状況下で被害者となる子どもたちはいくらでもいる。でも中には、ごくごく少数かもしれないけれど、世間からは白い目で見られるような人間が連れ出してくれたことで救われた子もいるのかもしれない。子どもを救うのはわかりやすい方法だけとは限らない。
この事件が起こったからこそ更紗と文は出会うことができた。事件はふたりの人生に大きな負の影響も与えたけれど、それでもこんなに心から結びつくことのできる相手を見つけられたことを、幸せという以外のどんな言葉で表現したらいいだろう。もう私には何が正しいことかわからない。
著者の凪良ゆうさんは、いわゆるボーイズラブ小説のジャンルで活躍されてきた作家でいらっしゃるとのこと。個人的にはあまりなじみのない分野だったが、ジャンル的な先入観で読書の幅を狭めることがあるとしたらそれはもったいないなと改めて感じた。人間の苦悩や物思いを文章で描き出す、それはどの作家のどんな作品でも同じであろうから。
(松井ゆかり)
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