〈いつかは絶対、向き合わなくてはいけなかった。そいつと戦わなければ、枇杷は前には進めない。
ここから先を生きられない。
 その敵の名は、罪という〉

竹宮ゆゆこの『知らない映画のサントラを聴く』。9月にスタートした新潮社の新レーベル「新潮NEX」から出た青春小説だ。新潮NEXは、ライトノベルと一般小説の中間を目指すようなレーベル。電撃文庫で『とらドラ!』や『ゴールデンタイム』などのヒット作を出してきた竹宮が、とうとう女子を主人公にした。
竹宮の書く女の子は、『とらドラ!』の逢坂大河にしろ『ゴールデンタイム』の加賀香子にしろ、外見もかわいいし会話もテンポよく面白い。
でもどこかに暗いギャップを抱えていて、その部分が明らかになると読者がつらくなる(そのつらさは萌えにも通じるが、やっぱりつらい)。
『知らない映画のサントラを聴く』もそうだ。「この子、かわいいし面白いなあ」「でも、つらいなあ……」となる。レーベルが変わったためか、よりつらさ成分が強い。

主人公は23歳の女子・錦戸枇杷。大学を卒業して、就職はしていない。
友達はいない。遊びに行くようなところもなく、実家にほぼ引きこもり状態で暮らしている。
つらい。
枇杷の外見はそこまで詳細に描かれないが、「超絶美少女ではないが超絶ブサイクってわけでもない」といった感じ(ふゆの春秋による表紙のイラストはかわいい)。

枇杷の1日は、昼間は皿を洗ったり洗濯をしたりしながら、ダラダラとインターネットをやっているうちに過ぎていく。
枇杷には、ここ3か月のあいだ繰り返していることがある。
夜な夜な家を抜け出し、夜の街を歩くこと。それには目的がある。4月の終わりに彼女を襲い、大事なものを奪った「泥棒」を探しているのだ。

〈不気味に長い髪をした、黒ずくめの女だった。一目見るだにやばかった。
 髪の乱れ方。
黒い服のペラい布地。隠された顔の輪郭。息づいて上下する肩。妙にでかいガタイ。そのすべてからおぞましいオーラが立ち昇っていた〉

完全に不審者!
しかももっと悪いことに、よーく見るとその人物は……

〈(男じゃん!)
 男だとわかっていたら、こんなに抵抗しなかった。力じゃ敵わないじゃん。
負けるじゃん。一気に血が冷える。気持ち悪いわけだ。こいつ変態だ。
 変にボサボサの長い髪。それによく見りゃセーラー服だよ!〉

完全にヤバい男は、枇杷の持っている現金類には目もくれず、一枚の証明写真を奪っていってしまう。
その写真を取り戻すため、泥棒をぶっとばすために、枇杷は夜の街をフラフラしている。

証明写真は、枇杷が写っているものではない。枇杷の親友・清瀬朝野の写真だ。彼女は人形のようにきれいだけどどこかヘンという、竹宮ヒロインに共通する性質を持っている。わがままで見栄っ張りで「特別」な朝野。枇杷と朝野は小学生のときに出会い、中学卒業までずっと同じクラスで、高校が分かれても、大学に入ってもなお、ずっと友達だった。

〈「あたしは一生泳げなくていいの。溺れたら枇杷が助けてくれるって信じてるし」
(中略)
 そしてその時、口には出さなかったが、枇杷の方にも信じていることはあった。踊れなくなった時には朝野が支えてくれる。そんなことを、本気で信じていた。そうやって二人で一緒にやっていくんだと、枇杷はしばらく信じていたのだ〉

けれど、ある日、朝野はいなくなってしまった。

小説の序盤は、引きこもり女子の停滞した日常と、朝野がいたころの思い出が描かれている。朝野との思い出はきらきらしていて、現在とのギャップがよりつらく見える。
が、実は、思い出もきらきらしているばかりじゃない。枇杷は朝野に関してある「後悔」をしている。「あのときこうしていれば、朝野はいなくならなかったかもしれない」という思いを1年のあいだ抱き続けているのだ。
話は、100ページを超えたあたりで急に転がり始まる。とある事情から、枇杷は実家を出ることになる。さまよい歩くうちに……朝野の元カレ・森田昴(※コスプレ趣味持ち)に出会う。
昴も枇杷と同じく、朝野に対して「後悔」を抱えていて、彼女のことを忘れられない。ちなみに昴は朝野がいなくなってから完全にEDになっている。〈間接的に表現〉すると〈ローションでぬめらせたロングブーツにかわうそをにゅるりと挿入しようとしている。ところがかわうそはぐにゃぐにゃになっていて、ブーツの口に頭から突っ込みたいのに『いやいや!』って身体をくねらせて逃げてばかり〉という状態なのだと(かなり直接的なのでは?)。

朝野にとらわれたまま、奇妙な同棲生活を始める2人。お互いのなかに朝野の存在を探す、ちょっと複雑な関係だ。彼女たちの生活はどうなっていくのか? 朝野はどうしていなくなったのか? 「後悔」は消えてなくなるのだろうか?


高校生のころ、友達と2人っきりで遊びに行った。彼女はサブカルに詳しくて、デザインフェスタを2人であーだこーだ言いながら回った。お金はなかったので派手に買い物はできなかったが、楽しかった。
夕方、会場をあとにした。私には夜から当時付き合っていた人との約束があって、彼女と別れた。今度は一緒に夕飯を食べようね、また2人で遊びに行こうね、と言った。
高3の9月、彼女は亡くなった。「また今度」はなかったし、これから先ももうない。もっと話したかったなあ、もっと遊びたかったなあと、6年経った今も考える。

竹宮ゆゆこ『知らない映画のサントラを聴く』(新潮NEX)

(青柳美帆子)