今月18日から『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』アニメ版映画の公開が始まった。
24年前、93年放送の名作テレビドラマの映画化。
いわばあの岩井俊二監督を世に出した代表作が現代に蘇るわけだ。

しかもアニメ版の声優陣に広瀬すず(及川なずな)と菅田将暉(島田典道)、主題歌『打上花火』を歌っているのはDAOKO×米津玄師、脚本は大根仁という力の入れよう(ちなみに監督は岩井ではなく総監督新房昭之、監督武内宣之という体制)。
その豪華な制作陣の中でも、主役なずなの母の声を担当しているのが「松たか子」という事実に反応した岩井俊二ファンは多いのではないだろうか。

当時20歳……『四月物語』で主演を務めた松たか子


1998年3月公開の岩井俊二監督・脚本作品『四月物語』において主演したのが当時20歳の松たか子だった。それまで松たか子の可愛さが全然分からないと言っていた人も、この映画で「松たか子最強説」を思い知らされることになる一本である。

物語の内容はいたってシンプルで、北海道の高校を卒業し東京でひとり暮らしを始める女子大生・卯月の春の出来事を追う。遠く東京の大学に進学した理由は、高校時代の憧れの山崎先輩(田辺誠一)が通っているため。
夏休みに東京へ遊びに行った後輩から「このブックカバー誰がかけたか分かりますか?山崎先輩!」なんて“武蔵野堂”という本屋でアルバイトしている事実を知らされ、卯月は武蔵野大学を目指すわけだ。

おいおい人生を決める大学の志望動機がそれでいいのかなんて真っ当な突っ込みは野暮だろう。いつの時代も受験は一種の初期衝動だ。自分でも分かっちゃいるけど止められないこの気持ち。
実際に入学式が終わり、教室での自己紹介シーンでは同級生から「なんで北海道から、この大学受けたんですか?」と聞かれ、卯月は言葉に詰まる。

丁寧に描かれた「一人暮らしをする18歳の春」


本作が素晴らしいのは、誰もが経験する人生の一大イベント「実家を出て一人暮らしをする18歳の春」を丁寧に描いていることだ。こういうシーンを淡々と撮らせたら岩井俊二は本当に上手い。


田舎の小さな駅での家族総出の見送りシーン、桜が舞い散る中進む引っ越し屋のトラック、何もないがらんとした新生活の部屋、実家との電話に隣人との触れ合い、新しい友人との探り合いのような会話、大学のサークルの適当感、自転車を買って見知らぬ街を走る快感。そのひとつずつを「あぁ、あるある」と観る側に思い出させてくれる。
2013年公開の長崎から上京した男子大学生を高良健吾が演じた名作『横道世之介』の女性バージョンと言ったら分かりやすいだろうか。

ちなみに自分は大学の入学式の日に『四月物語』を梅田スカイビルの劇場で観たのだが、現状とこれほどシンクロした映画体験は後にも先にもこの時だけだったので、強烈に印象に残っている。もちろん「松たか子ってどこがいいんだよ」とか言ってた男が、一発で松たか子ファンになったのは言うまでもない。

90年代最強のアイドル映画『四月物語』


果たして、卯月は山崎先輩と無事出会えるのだろうか? 何かが起こりそうで起こらないこの感じ。映画を観終わった時の全体的な印象は『打ち上げ花火~』と非常に近いのではないだろうか。
『打ち上げ花火~』で典道は美少女なずなを通して外の世界(大人の世界)を垣間みるわけだが、『四月物語』でも卯月は憧れの山崎先輩をきっかけに世間(東京)と触れ合うわけだ。これは恋愛映画と同時に、18歳卯月の成長物語でもある。

本作は1時間7分。『打ち上げ花火~』のコラムでも書いた(記事はこちら)が、岩井俊二は1時間前後のドラマが最も向いていると思う。
『スワロウテイル』や『リリイ・シュシュのすべて』といった長編の岩井作品にありがちな「これいつまで続くんだよ…」的な冗長なシーンもほとんどないため、非常に観やすい一本に仕上がっている(それでも『四月物語』で撮り下ろした『生きていた信長』を見せる数分間の映画館シーンはマジかったるいのも事実だが……)。


岩井俊二の少女マンガ的な世界観を、カメラマンの故・篠田昇が撮る映像美。公開から19年経った今観ても綺麗を通り越して、凄味すら感じさせる。まさに20歳の松たか子という女優のこれ以上ないプロモーション映像と言っても過言ではないだろう。
いわば『四月物語』は90年代最強のアイドル映画なのである。

勝手な予想だが、近い将来この『四月物語』も現代版リメイク、もしくはアニメ映画化されるような気がしてならない。


『四月物語』
公開日:1998年3月14日
監督:岩井俊二 脚本:岩井俊二 出演:松たか子、田辺誠一
キネマ懺悔ポイント:96点(100点満点)
冒頭の見送りシーンでは実際の松たか子の家族の松本幸四郎らが出演。劇中挿入映画の『生きていた信長』では信長役に江口洋介、明智光秀役に石井竜也と豪華俳優陣のちょい出演にも注目したい。
(死亡遊戯)


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