【私の秘蔵写真】


 村川透さん(映画監督/89歳)


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 1989年に40歳の若さでこの世を去った俳優の松田優作。鮮烈な作品として思い出されるのは「最も危険な遊戯」の遊戯シリーズはじめ、「蘇える金狼」「野獣死すべし」などのハードボイルド作品だが、メガホンを取ったのは村川透監督だ。


 僕は山形の高校を出て1959年に福島大学経済学部を卒業し、日活に入りました。


 外国の名画が怒涛のように入ってきた時代。映画はよく見ました。学生時代の記憶といえば石原慎太郎原作「太陽の季節」「狂った果実」かな。鮮烈でしたからね。それから安井昌二が敗残兵を演じた人間ドラマ「ビルマの竪琴」や井上梅次が監督した映画とかね。


 ──日活は元は日本活動写真株式会社だった。それが戦後、永田雅一がトップの大映と東京にあった撮影所が配給もやる日活などになっていった。


 その頃の大映はまだ時代劇を撮っていた時代でね。日活の方が感覚的に新しかった。監督では井上や僕の師匠の舛田利雄とかね。慎太郎カットがはやったりして石原裕次郎の映画を作り始めるわけです。


 日活では助監督を13年やりました。長い下積みでは舛田をはじめ、西河克己、森永健次郎といった監督にかわいがってもらいました。助監督はチーフから5番目までいて、それぞれ役割があった。衣装、小道具などが担当の助監督がいてね、撮影で使うステッキとか帽子を探してくるわけだけど、時代が違っていると殴られた。でも、それが本当に勉強になったし、楽しかったんだね。そういう下働きをいい加減にやるヤツは映画を作る人間としてはダメと体で覚えました。やっぱり人間はいろいろやって恥をかかないと成長しないですね。


 いい加減な監督もいてね。主役の女優にマンツーマンの演技指導をしたいからって後は全部助監督任せ。その監督は史上最低の人が入らない映画を作ったけどね。誰とは言わないけど。


 記憶に残るのはアメリカ映画「トラ・トラ・トラ!」。

舛田も監督のひとりで僕は助監督として走り回った。難しい映画で、死に物狂いでやりました。


 監督デビューは「白い指の戯れ」(72年)。松田優作と出会ったのは76年のドラマ「大都会 闘いの日々」(日本テレビ系)の4話「協力者」です。優作はゲスト出演でしたが、その時から「優作で撮る」と決めていた。彼とならいい作品が撮れるというインスピレーションがあったんだね。


 最初は「最も危険な遊戯」(78年)。「殺人遊戯」「処刑遊戯」の遊戯シリーズ、「蘇える金狼」に「野獣死すべし」と2年間で5本。



■「野獣死すべし」では指揮者である兄・千秋との思い出も

 ──優作のドラマ「大都会 PARTⅡ」「探偵物語」(日テレ系)なども手がけた。


 この写真は「蘇える金狼」の後、銀座のクラブで飲んでいる時のものです。優作も若いけど、僕も若いなあ(笑)。優作はひと回り下。

彼が「俺の方が兄貴だな」なんて冗談を言いながら飲んでいたのかな。会話としてはそんな程度。バカ話をしていただけです。


 優作は結構、飲む。俺はそんなに飲まないけどね。監督としての分をわきまえて、相手が何を考えているか探りを入れながらだから。


「蘇える金狼」の翌年が「野獣死すべし」。あの映画はいろんな思い出があります。兄は山形交響楽団の指揮者の村川千秋です。映画の最初とラストはクラシックのコンサートのシーンがあって、千秋に指揮者として出てもらいました。昨年亡くなった兄のために何かやらないと死んでも死に切れないので、「野獣死すべし」のあのカットのモニュメントを作って残そうと思っています。


「蘇える金狼」も「野獣死すべし」も角川映画だからこの場には角川春樹もいたと思う。

彼とは因縁があってね。僕の父親は国文学の研究者、幹太郎です。春樹の父親・源義さんと同じ国学院大出身の同窓生、友だちでした。俺と春樹はその息子たちです。年は僕が上。仕事上でいろいろ聞いてもらうことができて、スムーズに事が運んだ面はあったと思う。


 ただ、春樹とはいろいろあってね。オートバイのロードレースを描いた「汚れた英雄」(82年)という映画で、俺が監督することになっていたけど、春樹とは考えが違った。春樹は「ここを切ってくれ」と言うし、俺は「撮ったら絶対に切らない」と折れない。結局、春樹が「じゃあ俺が撮る」と言い出してね。危険なサーキットの撮影の感触を掴みたいといって自らバイクに乗ってみて転倒し、大けがをした。公開はされたけどね。


■「優作さんは芋煮が好きだった」と喜代子夫人


 優作は僕の山形の家に4、5年続けてやって来ました。前の奥さん(松田美智子)と娘、再婚した美由紀さんも。一族郎党を連れて。


 ──村川夫人、喜代子さんの話。


 ──「優作さんは芋煮が好きでね。『奥さん、早く芋煮にしようよ』って催促するんです。彼は大きいから特別に浴衣も用意しました。その時の面白いエピソードもあるんですよ。うちの犬が外に逃げちゃって、浴衣姿の優作さんが出て行って、犬を追いかけたんですよ。見ていた近所の人がみんなビックリして(笑)」


 来年で90歳。遊戯シリーズの「LAST DANCE 最後の遊戯」を「処刑遊戯」から四十数年ぶりに撮りました。今は編集段階で公開は26年度中の予定です。

故郷の村山市(山形)のオールロケです。遊戯シリーズの殺し屋、鳴海昌平と思われる男を宇崎竜童さん、追いかける元刑事を柄本佑さんが演じています。


「処刑遊戯」の丸山昇一の脚本がいいしね。宇崎さんはいい年の取り方をしている。ミュージシャンとしていろいろな経験をし、映画のことも俺のこともよくわかっている。柄本さんの演技もよかったですよ。


 監督した映画、ドラマはおよそ450本。これまで本当に仕事をしてきた。生きている限りまだまだ何かやります。


(聞き手=峯田淳)


■新作「LAST DANCE 最後の遊戯」


 村川透監督にとって「さらば あぶない刑事」以来10年ぶりの新作。プロデュース・柏原寛司、脚本・丸山昇一、阪上有紀子、製作は「LAST DANCE 最後の遊戯」製作委員会。


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