さて『水経注』にもあるように、古代、中国では、川を表わす記号/名辞として「水」を使った。つまり、「……river」と同様に、「……水」と言うのである。ところが一方では、「The River Thames」が単に「The Thames」と呼ばれるように、ある話題の中で触れられていることがらが、そのコンテクストの中では固有の川しか指さないということが、だれにでも分かる場合もある。
そこで黄河と長江のことを考えると、これら両河は、古代にはそれぞれ「河水」および「江水」と呼称されていた(この江水の「江」が、後に南中国ではriverを示す記号となるのでややこしい)。だがもし上記のような考え方をすれば、まずここでは、riverを表わす「水」を取ってしまっても構わないだろう。「河」(という川)はね、「江」(という川)はね、といった感じだ。つまり、これら二つの川の名前は、「河」と「江」だということになる。
では次に、この二字の傍についている「さんずい(三点水)」、これもまた流体に関連する意義を示す記号に過ぎないから、あっさり外してしまおう。すると、両河の名は、それぞれ「可」と「工」になってしまうだろう。つまり音読みでは「kaカ」と「koコウ」である(「江」だと旧かな読みでは「kauカウ」となる)。
ところで、母音は入れ替わりうるだろうから、お察しのとおり、二つの川の名は同一である。
そこで思い浮かぶのが、日本語の「かわkawa/カハkaha」である。これは沖縄では「カー」となり、神の宿る泉として崇められる。「クラガー(暗川)」などと言われるものである。
さらに地図を見ると、青海省あたりの川(それらはみな合流して黄河などの中国大河の上流を形成する)の名前には、「……曲」というものが多い。これはチベットでの川の呼称で、ピンイン表記ではqu「チュー」である。qとkの子音も、これまた入れ替わりうる。のみならず(ここから先は少々こじつけめくが)キルギスにはチューchu/chui/chuy川があり、名称の起源は違うようだが広東省には珠zhu江があり(だがその源流は雲貴高原で、長江上流にも程遠からぬ)、山東省には孔子にゆかりの洙zhu水もある。
これを要するに、東アジアでは、川は元来、どこにおいても「カワ」だったのではないか。そして今も「カワ」なのではないか。それが中国二大河にあってはしだいに固有名詞化して「河」水、「江」水となり、やがてはそれがふたたび川を示す名辞となってしまったところにさらに形容詞が付け加わって、最終的には黄「河」、長「江」と呼ばれるようになったのではないだろうか(とはいえいまなお両者は、「河」といえばまず黄河、「江」といえばなにより長江という、代名詞/固有名詞としての地位を失ってはいない)。
こんな例は、世界に他にもないわけではない。
もしもこれと同様の広がりをもって東アジアを眺められるとすれば、そしてこうした名辞としての「カワ」の源流はどこかと問えば、それはまたもや、あの氷河を戴き融水を生み出す、東アジア文化のふるさと、横断山脈にあったのではないだろうか。(執筆者:濱田英作 国士舘大学教授)
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