新疆ウイグル自治区住民の24歳女性のディリさんは2月26日、湖北省武漢市にある武漢大学中南医院(病院)で五つ子を出産した。出産そのものが「緊急事態」であり、五つ子は妊娠28週(8カ月前半)の超早産児だったために何度か危険な状態に陥ったが、5月22日には4人が退院し、1人も近日中に退院の見込みという。
ディリさんが武漢大学中南医院での出産を選んだのは、ネットで情報を探し、連絡が取れた四つ子の出産経験がある女性から推薦されたからという。2025年10月、妊娠3カ月の時に胎児の状態を確認するために武漢に足を運び、妊娠5カ月になった12月下旬からは、武漢市内の病院に近い部屋に滞在していた。
本来は32週で出産する予定だったが、28週と6日目の夜明け前にトイレに行こうとしたところ、突然破水した。担当の李家福医師に電話したところ、すぐに病院に来るように言われた。李医師は自宅でサッカーの試合を観戦していたが、直ちに病院に向かった。その途中で、関連する医師に連絡して、病院に駆けつけるよう求めた。
救急車で搬送したディリさんが病院に到着するのとほぼ同時に、李医師も到着した。胎内で赤ちゃん5人が頭位、逆子、横位など向きがばらばらだったこともあり、手術による出産を採用することが決まった。手術には大きな危険が伴った。麻酔後に複数の胎児が腹部を圧迫するために、母親は低血圧になってショック状態に陥る可能性があった。分娩後に胎盤が完全に剥離すると、大量の血液が子宮から心臓へ一気に流れ込み、心臓への負荷が急激に増加し、心停止を引き起こす可能性すらあった。
李家福医師は助手を務めた徐丹医師に「慌てないように」と言い、胎児の骨折や頭蓋内出血を防ぐために迅速かつ秩序正しく分娩を進めるよう指示した。
手術開始は2月26日午前2時50分ごろで、午前3時1分には最初の赤ちゃんが生まれた。その澄んだ産声に皆が安堵した。その後、2分に1人のペースで最初の4人の赤ちゃんが順調に生まれた。5人目の赤ちゃんは横位だったため、出産に3分かかった。皆が、子宮内で最も長い時間を過ごしていたこの赤ちゃんを心配していた。李医師は出産直後に思わず「この子が一番よく頑張った!」と声を上げた。
午前3時15分までには5人の新生児と母親の生体反応が安定した。ほとんど信じられないほどの成功だったという。李医師は「皆さん、ありがとう。赤ちゃんを一人も失わずに済みました。
超早産児にとって、呼吸、感染、授乳は「生死の三大関門」だ。この五つ子も呼吸が不安定になったり、腹部が膨張したりするなどの危険な状況に遭遇したが、医療チームは24時間体制で監視し、人工呼吸器を的確に調整し、夜を徹してチームとして診察と手当を行った。何度も人工呼吸器からの離脱プランを調整して、赤ちゃんが「生死の境という難関」を突破することを助けた。
病院側は5人の専門看護師を五つ子それぞれの専属の「臨時のママ」として手配し、母乳による口腔ケア、専門的なタッチケア、科学的な授乳などの方法を通じて、赤ちゃんの発育を助けた。
五つ子の出生時の体重は870-1030グラムだったが、3カ月近い看護の結果、平均で2.5倍になった。毎回の哺乳量は40から48ミリリットルで安定し、胃腸機能は良好に発育した。五つ子のうち4人は女の子で、5月22日に退院することができた。男の子である一人は、同時点で軽い風邪の症状があったため、1、2日かけて経過を観察してから退院することになった。
李家福医師は、産科医として約40年の経験がある。これまでに困難な出産を何度も成功させてきたが、深く後悔している事例もある。たとえば、たった1回ではあるが周産期心筋症の母親を死なせてしまったことだ。
女性が李医師のもとに搬送されてきたときには、呼吸困難で心不全の状態だった。李医師は直ちに帝王切開手術を行った。健康な男児を取り上げることができたが、母親を助けることはできなかった。その後も治療が続けられたが、約5週間後に息を引き取った。
李医師はその後、若手を指導する際は、この例に必ず言及して、「産科医は、内科医と一般開業医を合わせたような幅広く深い臨床知識を持つべきだ。外科医のような優れた手先の器用さ、遺伝学者のような優れたコミュニケーション能力と的確な表現力、そして救急医のような迅速な意思決定能力と緊急対応能力も備えているべきだ。そして何よりも、思いやりがあり、正義感にあふれ、責任感のある人物でなければならない」と強調するという。(翻訳・編集/如月隼人)











