FIFAワールドカップ2026を1年後に控えた2025年夏、イングランドのサウサンプトンからドイツのブレーメンへとレンタル移籍を決断した菅原由勢。本大会のメンバー発表が間近に迫る中、日本代表への思いを聞いた。


インタビュー=小松春生
取材日=4月29日

 5月15日、森保一監督はFIFAワールドカップ2026に臨む日本代表26名を発表する。菅原は「毎回ピッチに立つたび、自分のやれること、自分がやろうしていたことは出せた自覚があります。それは今年だけでなく、2年前、3年前もそうです。毎試合自分の全力を尽くしてきた。自分はまだまだ完璧な選手ではないですし、『それで出し切ったと言うのか』という考え方もあると思いますけど、自分の中では出せるものはすべて出し切ったので、あとはもう監督が選ぶ部分ですし、自分が選ばれる、選ばれないにしろ、自分の責任です」ときっぱりと話す。

 世代別の日本代表経験も豊富な菅原は、2020年10月にA代表デビュー。だが、出場2試合目となったのは23年3月になる。その間にあったFIFAワールドカップカタール2022はもちろん、東京オリンピックのメンバー落選という悔しい思いを経験している。A代表としてのキャリアはここまで20試合出場2得点1アシスト。決して主軸と言える状況ではないし、今大会も正直、当落線上にいる選手の一人と言っていい。

 だが、「子どものころからの夢」と言うワールドカップへの思いは強いし、日本代表として戦う誇りも強く感じている。

「サッカーを始めた時からの夢でもありますし、もちろんそのために頑張ってきました。
日本人ならば日本代表を応援するし、どんな試合であっても日本が勝ってほしい。日本代表のユニフォームを着るだけで、試合に対するエネルギー値が格段と変わります。どの選手も1ミリもサボらない、1秒もサボらないことが、日本代表のユニフォームを着る意味。日本代表として、しなければいけないもの、代表選手としての定義はそういうところにあると思います」

「日本代表になって、いざ国民の皆さんの前で国歌を歌うとなると、自分が日本代表なんだと感じられる部分があるし、胸を張っていいと、初めて歌った時に思いました。日本人であるというプライドが、強く生まれた部分もありましたし、改めて自分が日本人で良かったと思える瞬間です。愛国心が強いと感じられるかもしれませんけど、でも日本代表として歌う国歌は、本当に何にも代えられない特別な、“もの”という言い方はおかしいですけど、決してお金では買えない、そこに到達できるまでに、いかに何かを犠牲にして、いかにそのためだけに突っ走ってきた人間にだけ得られるご褒美のようなものだと思っています」

 もちろん、ワールドカップが終着点ではない。これからのキャリア像を聞くと、「どういう監督、戦術、国のスタイルでも試合に出られる選手にならなければいけないと思っています。ピッチに立ってこそサッカー選手。誰からも信頼を得られて、臨機応変にプレーし、自分の価値をその都度出せる選手になっていく必要がある」と話す菅原は、「やるべきことをやって待つだけです。今回呼ばれなくても、次のアジアカップかもしれないし、親善試合かもしれないし、ワールドカップかもしれない。とにかく毎日全力を尽くすことを課してやっていきたい」と力強く話す。

 その菅原に、「サッカーの楽しさはどこにありますか?」と投げかけると、「深い質問ですね」と笑顔になりながら、こう答えてくれた。


「試合に負けまくっている時は、ブーイングも、批判もされるし、えげつないくらい『自分って何者なんだろう』という状況にいると錯覚するほどです。ファンの方も、ただ勝ってほしくて言っているわけですし、プレーが悪いから、良くしてほしいから言っているわけで。もちろん嫌いだから言ってくる人もいるかもしれません。でも、それって結局自分の思い込みな部分もあると思っていて。例えば3、4人が『お前はダメだ』『もう来年プレーしない方がいい』と言っていたとしても、他の3、4人は『こういう状況でもあるし、お前はやれる選手、いい選手だと思っている』と言ってくれる人もいるわけです。現代はそういったものがなおさら目に入ってきますし、今はプロだからそう言われても仕方ない。でも、自分の原点の部分では、どういったプレーをするかはもちろんありますけど、純粋に、人の目を気にせず、ただボールを追いかけていたし、ただ相手のボールを奪いに行き、ゴールを奪いに行って、勝ったことに喜んで、負けたことにひたすら泣いて、また勝つために練習して。そういう日々が楽しさだと、ものすごく考えた部分なんです。プロになって、余計なことを考えすぎているとすごく感じるし、感じました。背負っているものが、昔と今では当然違いますけど、自分がいろいろなものを犠牲にして掴んだこの立場でもあるし、だからこそ、楽しさと現実の狭間にはいますけど、結局は好きだからやっている部分でもある。だから楽観的に考えることも必要だなとも去年実感しました。やっぱり、子どもの時の楽しさっていうのは、一生忘れられないんだなと、今ものすごく感じます」
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