一方、会見では長女の手紙が代読され、「殴る蹴るなどの事実はなかった」「警察が来て驚いた」といった趣旨の説明もあった。SNS上では「家族喧嘩でなぜ現行犯逮捕になるのか」「被害者が大ごとにしたくないと言っても警察は動くのか」といった疑問の声が相次いでいる。
今回の事件のように、家庭内のトラブルが逮捕にまで発展するケースは、かつては“内輪の問題”として扱われがちであった。しかし近年、DVや児童虐待が重大事件に発展したケースを背景に、警察や行政の対応は大きく変化している。DV・家庭内トラブルをめぐる現在の法運用について、アディーレ法律事務所の大垣優希弁護士に聞いた。
家庭内であっても「刑事事件として積極介入」へ方針転換
かつては、家庭内トラブルに警察が関与することについては消極的とも言われてきた。しかし近年、今回の事件でも見られるように、その対応は大きく変化している。大垣弁護士はその背景をこう説明する。「家庭内での暴力行為が殺人などの重大事件へと発展したケースが繰り返し社会問題となってきました。さらに、児童虐待防止法やDV防止法といった家庭内事案に特化した法制度の整備も進み、行政・警察に対して早期介入を求める流れが強まっています」
こうした経緯から、現在では阿部監督のケースのように家庭内であっても暴力行為が疑われる場合には、「私人間の問題」として処理するのではなく、刑事事件として積極的に関与する方針へと転換しているという。
では、今回の事件のように現行犯逮捕に至るかどうかの具体的な判断基準はどこにあるのだろうか。
「家族間トラブルの場合でも現行犯逮捕については、あくまで刑事訴訟法に基づく一般原則に従って判断されます。つまり、基本的には①「現に罪を行い、又は現に罪を行い終った者」であること、②逮捕の必要性があること、③逮捕の理由があること、といった要件を満たすかどうかが基準となります。
「大ごとにしたくない」と被害者が言っても、警察が動く理由
阿部監督の長女も会見で「殴る蹴るなどの事実はなかった」と説明したが、このように被害者が「大ごとにしたくない」と述べていても、警察が必ずしもその意思に従うわけではない。大垣弁護士によれば、警察は被害者の処罰意思だけでなく、行為態様の危険性や結果の重大性といった客観的事情を重視して、事件化の可否を判断するという。その理由として、大垣弁護士は家庭内トラブル・DVの特殊性を挙げる。
「被害者が相手への好意を抱いていたり、経済的に依存していたりといった理由で、実際に深刻な被害を受けていても、『大ごとにしたくない』『恥ずかしい』と警察に伝えてしまうケースが見られます。また、過去のストーカー事件では、被害者が『警察の介入を望まない』と言ったため逮捕を見送った結果、殺人事件に発展してしまったケースもあります。警察として、被害者の言葉だけを鵜呑みにはできないのではないでしょうか」
DV案件においては、被害者本人の証言や意思が考慮されないわけではないが、今回の事件のように、それ以上に重視されるのは以下のような総合的な事情だという。
・現場の状況
・当事者の関係性
・過去に通報があったかどうか
・継続的な問題かどうか
18歳でも「虐待」「DV」として扱われ得るのか
今回の事件では、18歳の長女からの相談が児童相談所を経由したと報じられている。児童相談所は、制度上、原則として18歳未満の子どもを対象とする機関であり、その支援や介入も未成年の保護を中心に設計されているため、18歳に達した場合には、形式的には直接的な支援対象から外れることになる。ただし、大垣弁護士は「年齢のみで機械的に区切られるわけではありません」と強調する。
「18歳に至る前から家庭内の問題が継続して把握されていた場合には、その経緯を踏まえて一定の関与が続くこともありますし、関係機関との連携の中で対応が引き継がれることもある。『18歳だから関与しない』と単純に整理できるものではないのです」
さらに、仮に年齢の関係で厳密な意味での「児童虐待」に当たらないとしても、家庭内で暴力が行われている以上、事案の性質としては家庭内暴力やDVとして評価され得る。「警察は年齢にかかわらず、行為の危険性や再発可能性を踏まえて介入の要否を検討することになる」というわけだ。
「しつけ」と「暴行・DV」の境界はどこにあるのか
また、現在の制度上「しつけ」「家庭内問題」と「暴行・DV」の境界はどのように判断されているのか。「しつけと暴行・DVの境界については、現在の制度上、形式的な呼び方ではなく、行為の内容や子どもへの影響といった実質面から判断されます。
厚生労働省が示した指針では、「子どもに身体的な苦痛や不快感を与える行為」は体罰に当たると整理されており、頬をたたく、長時間正座させる、食事を与えないといった行為が具体例として挙げられている。
この基準が示すとおり、近年の傾向は「親が正しいと思っているか」「社会的に正しいかどうか」よりも、子ども自身が苦痛・不快感を受けているかどうかが重視されるようになっている。今回の事件も、この視点から法的に評価された可能性がある。
「たとえ子どもに非行があり、親心としては子どものためを思ってやっていることでも、子ども自身が望まず、苦痛だといえば、『暴行・DV』に認定され得るようになっています」と大垣弁護士は続ける。また、身体的な負担をかけていなくても、精神的なDVと認定されるケースもあるという。
「親の立場としては、子ども自身の気持ちを繊細に配慮することがこれまで以上に求められている時代なのではないでしょうか」
今回の阿部監督の報道をきっかけに、多くの人が「家庭内のトラブルがどこまで刑事事件になるのか」という問いに直面することになった。大垣弁護士の解説が示すように、現在の法運用は「家庭内だから」「被害者が望まないから」という理由で警察が手を引く時代ではない。行為の客観的な危険性と、子どもや被害者の保護という観点から、介入の基準は年々厳格化している。家庭内の問題を「内輪のこと」と軽視せず、早期に専門家へ相談することが重要である。
アディーレ法律事務所。夫婦問題や遺産相続、債務整理など、多様な一般民事分野に関心を持つ。法律分野に留まらず、日本化粧品検定1級の資格も保有するなど、専門性のさらなる深化にも意欲的で、身近な悩みに根拠をもって寄り添う解説を志す。
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