高校ラグビーの伏見工高(現京都工学院)を荒廃から全国有数の強豪に育て上げ、涙もろさから“泣き虫先生”と親しまれた山口良治さんが29日午前8時13分、脳梗塞(こうそく)のため、京都市の病院で死去した。83歳。

葬儀・告別式は近親者で行う。弱小校を日本一に導くまでの軌跡は、1984年のTBS系ドラマ「スクール☆ウォーズ」のモデルにもなった。元日本代表ロックの大八木淳史氏(64)、同SOで99年W杯日本代表監督の故・平尾誠二氏ら多くの人材を輩出した。

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 “泣き虫先生”が旅立った。関係者によると、山口さんは28日まで元気だったが29日早朝、自宅で体調が急変。救急車で京都市内の病院に運ばれたが、同日午前8時13分に亡くなった。

 30日には京都市内でOB会主体の「お別れを告げる会」が行われ、教え子たちが、ひつぎの中で日本代表のネクタイを締めてジャケット姿の山口さんと対面。大八木氏は「伏見工の入試の日に『君なら日本代表になれる。一緒にラグビーをしよう』と誘っていただいたことが忘れられない。先生との出会いがなかったら今の僕はない」と感謝した。

 24年度に京都工学院高が9大会ぶりに全国高校ラグビーに出場した際、車いすで花園を訪れ、孫世代の奮闘を見守った山口さん。実の孫である日本代表SO小村真也(23)=トヨタ=の成長も楽しみにしていた。

 昨年10月には京都市内で、大八木氏ら教え子約40人に招かれて食事会に参加し、歓談。大八木氏は「元気やから100歳まで生きられますよ、と僕が言っていただけにびっくりした」と突然の訃報(ふほう)に驚いた様子。山口さんは10年に脳梗塞を発症後、右半身がしびれる後遺症と闘っていた。

 現役時代は日本代表フランカー。74年、伏見工高に体育教員として着任した。翌75年にラグビー部監督となったが、生徒らが反発。試合に選手が来ず、ボイコットされることも。しかし、同年春の京都府大会で花園高に0―112という屈辱的な大敗を喫し転機に。「信は力なり」を信条とした熱血指導で強化し、翌76年春は同校にリベンジした。

 大八木氏が3年時の79年度の全国大会に初出場し8強入り。平尾氏が3年時の80年度に初優勝を飾った。涙ながらに選手と一喜一憂する姿が感動を呼び、84年にテレビドラマ化された。

 91年、約3センチの脳膿瘍(のうよう)を取り除くために開頭手術を受け、100日も長期入院した。翌92年度の全国大会で2度目V。監督で2度、総監督で2度の計4度、全国優勝した。

 京都工学院高は31日、春の府大会決勝に、選手らは喪章をつけて臨む。山口さん亡き後も、華麗なアタックとひたむきなタックルで感動を呼んだ熱血ラグビーは、脈々と受け継がれる。

 ◆山口 良治(やまぐち・よしはる)1943年2月15日、福井・三方郡南西郷村(現美浜町)生まれ。若狭農林高(現若狭東高)でラグビーを始め、日大から日体大へ編入。卒業後、岐阜で高校教員に。66年、日本代表初選出。フランカー、キッカーとしてキャップ13獲得。75年、伏見工高ラグビー部監督就任。98年、同総監督に。

京都市スポーツ政策監や、教え子が監督を務める浜松大ラグビー部特別顧問、環太平洋大ラグビー部総監督など歴任。2013年11月、競技を通じて社会貢献したとして国際ラグビーボード(IRB=現・ワールドラグビー)から日本人初の「IRBラグビースピリット賞」に選ばれた。

 ◆京都工学院ラグビー部 伏見工高と洛陽工高が合併統合し、2016年に開校した京都市立高。ラグビー部は伏見工高時代の1959年創部。花園は79年度に初出場し、80、92、00、05年度と計4度優勝。現部員はマネジャーを含め102人。主なOBに、元日本代表SO平尾誠二(故人)、同ロック大八木淳史、同SH田中史朗、同SO松田力也(トヨタ)ら。所在地は京都市伏見区。

  ◆スクール☆ウォーズ~泣き虫先生の7年戦争~ 1984~85年放送のTBS系連続ドラマ。75年4月から伏見工高(現・京都工学院高)の監督に就任し、80年度に花園初優勝を果たした山口良治氏がモデル。俳優・山下真司(74)が演じる主人公の熱血教師・滝沢賢治が赴任した川浜高校の弱小ラグビー部を全国優勝に導く物語で、敗戦後に「お前らそれでも男か! 悔しくないのか!」と部員を殴るシーンが有名。喜怒哀楽に富んだ感情豊かな演技も受け、ラグビーブームを巻き起こした。

 山口良治さんの悲報を受け、TBS系ドラマ「スクール☆ウォーズ~泣き虫先生の7年戦争~」(1984~85年)に主演した俳優・山下真司(74)が30日、所属事務所を通じて追悼のコメントを寄せた。

 山下は山口さんをモデルにした川浜高校の教師・滝沢賢治を熱演。ラグビーブームを巻き起こした。「人一倍熱い涙を流された山口先生。愛と感動に満ちた素晴らしい人生でしたね。あなたがいなければ当然『スクール☆ウォーズ』もこの世に生まれることはありませんでした」と感謝した。

 また「『信は力なり。愛とは信じ待ち、許すこと。』先生が残されたこの素晴らしい言葉は『スクール☆ウォーズ』のファンのみならず、多くの人たちの心に生き続けることでしょう。本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました」と悼んだ。

 〇…ドラマで「川浜一のワル」と呼ばれた川浜高校のラグビー部員・大木大助を演じた松村雄基(62)も、所属事務所を通じてコメントを発表した。

「山口監督、大変にお疲れ様でした。監督が命懸けで伝えてくださった、“信は力なり”というメッセージを、ドラマを通して受け取ることが出来て、本当に幸せでした。監督のお想(おも)いを僕なりに受け継ぎ、ご恩返しの想いを込めて、伝えていきたいと思います」としのんだ。

 〇…ドラマの主題歌「ヒーロー HOLDING OUT FOR A HERO」を歌唱した麻倉未稀(65)が追悼コメントを寄せた。麻倉は、山口さんが講演を行った際、花束を渡すゲストとして登場したのが初対面だったといい「まるで滝沢先生がドラマから出て来てお話ししてらっしゃるような口調に、あれは脚色ではなかったんだと思いました」。麻倉が乳がんの手術を受けた翌年の2018年には「体を大切にしながら歌い続けてくださいね」と言葉をかけられたといい「残念すぎます」と肩を落とした。

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