高校ラグビーの伏見工高(現京都工学院)を荒廃から全国有数の強豪に育て上げ、涙もろさから“泣き虫先生”と親しまれた山口良治さんが29日午前8時13分、脳梗塞(こうそく)のため、京都市の病院で死去した。83歳。

葬儀・告別式は近親者で行う。弱小校を日本一に導くまでの軌跡は、1984年のTBS系ドラマ「スクール☆ウォーズ」のモデルにもなった。元日本代表ロックの大八木淳史氏(64)、同SOで99年W杯日本代表監督の故・平尾誠二氏ら多くの人材を輩出した。

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 30日の「お別れを告げる会」には大八木氏のほか、多数のOB、OGらが参加した。92年度の全国V2時の主力でFBだった薬師寺利弥氏(51)は「私はタックルが苦手だったのですが、決勝が終わった後のグラウンドでタックルを褒めていただいたのが思い出」と啓光学園(大阪、現常翔啓光学園)との熱戦を振り返った。現在は光泉カトリック(滋賀)を指揮し、花園常連に。「偉大すぎてまねできないが、生徒に愛情を注ぐ指導は心がけている」と明かした。

 日本代表SHとして活躍した田中史朗氏(41)も群馬県から駆けつけた。「第2の父が亡くなったような気持ち。先生のご指導が僕の原点」と涙を浮かべ、「怒られた先輩方も多いと聞くけど、僕は褒められた記憶が多い。(15年W杯で)南アフリカに勝った時もめちゃくちゃ喜んでくださった」と感慨深げだった。

 伏見工高OB以外で志願して訪れた人も。

元日本代表ロックで同大、神戸製鋼で大八木氏、平尾氏らと活躍した林敏之氏(66)は城北(徳島)OB。高校日本代表のオーストラリア遠征に選ばれ、当時のコーチが山口さんだった。「将来の日本代表を頼むぞ、と言われて涙を流して抱きついたよ」と懐かしんだ。弔問客が絶え間なく訪れる様子が、山口さんの人柄を物語っていた。(田村 龍一)

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