西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 
第98回 ダヨ・ウパメカノ

 日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。

 UEFAチャンピオンズリーグ(CL)準決勝、パリ・サンジェルマン対バイエルンの壮絶な撃ち合いが話題に。ハイプレス戦術のなか、ますます重要になってきているセンターバックのプレーにスポットを当てます。

【チャンピオンズリーグ】パリ・サンジェルマン対バイエルンの撃...の画像はこちら >>

【ノーガードの壮観】

 CL準決勝第1レグ、パリ・サンジェルマン対バイエルンは稀に見るスペクタクルだった。スコアは5-4。ホームのパリSGが3-2で前半を終了、後半にはフビチャ・クバラツヘリアとウスマン・デンベレのゴールで5-2と突き放す。

 しかし、バイエルンがここで反撃の狼煙を上げた。ヨシュア・キミッヒがファーポストへ上げたFKをダヨ・ウパメカノがヘディングでゴール。さらにルイス・ディアスがハリー・ケインの縦のロブを受けて4点目をゲット。1点差で初戦を終えた。

 どちらもマンツーマンのプレッシングを行ない、どちらもそれを外して前進できるアタッカーを揃えていた。ありがちな潰し合いではなく、点の取り合いになった要因である。

 前進してのマンマークは基本的に守備側に有利だ。攻撃側はボールと相手を同時に視野に収めるのが難しい。

ボール、相手との距離、与えられる時間。この3つを扱う作業負荷は守備側よりはるかに大きい。しかし、その不利を覆せる技量の持ち主が複数、両チームにはいた。パリSGならヴィティーニャ、デンベレ、クバラツヘリア、デジレ・ドゥエ。バイエルンにはケイン、ルイス・ディアス、マイケル・オリーセがいる。

 1対1の優位性が覆されれば、1対1にする意味はなくなる。マンマークのハイプレスはスペースの管理に不向きだ。攻撃側が1対1に勝利するとマークの修正は後手になり、センターバック(CB)は味方の前進によって残された広大なスペースで、強力なアタッカーと対峙することになる。

 ハイプレスは今や現代サッカーの正義になった。守備によって攻撃できるという魅力は否定できず、多くのチームは全力でハイプレスに取り組んでいる。しかし、1対1に勝利し続けることが前提なのだ。1対1で負ける、しかも随所にそれが発生した場合のリスクはあまり顧みられていない。

それが現実になったのがパリSG対バイエルンだった。

 自分たちがマンマークプレスを破壊できる個を複数持っているにもかかわらず、パリSGもバイエルンもマンマークプレスのリスクに無頓着だった。自分たちのようなチームはほとんど存在しないからだろう。その結果、この試合はリングの真ん中で必殺のパンチを持つ者同士が、ノーガードで殴り合う壮観を呈していた。

【現代サッカーの理想的なCB】

 広大なスペースを受け持つCBにとっては一瞬も気の抜けない試合だったに違いない。

 デンベレが、クバラツヘリアが、ドゥエが、あっというまに迫って来る。ただ、もはやそれは日常でもある。ウパメカノはずっとこの役割を任されてきた。

 スティーブ・マンダンダ、デンベレなど英才を輩出してきたフランスのエヴルーのユースチームで頭角を現し、ヴァランシエンヌのユースを経てオーストリアのレッドブル・ザルツブルクに移籍(1年目はFCリーフェリングでプレー)。ラルフ・ラングニックが主導するRBグループの戦術の下、大きく飛躍している。

 ハイプレスの権化みたいなラングニック戦術におけるCBは、常に広大なスペースを守る重責を負っている。ザルツブルクの次のクラブ、RBライプツィヒも同じグループ。プロデビューしたオーストリア2部のリーフェリングはレッドブルの姉妹クラブだから、ウパメカノはずっと同種の環境でプレーしてきたわけだ。

そしてうってつけの資質も持っていた。

 186センチの長身、スピードに恵まれ、ぎりぎりで突破を阻止できる長いリーチと優れた身体操作。ウパメカノはRBグループの戦術に最適化していて、つまりハイプレス正義の現代サッカーにおける理想的なCBとも言える。

 ヴァランシエンヌがウパメカノを移籍させようとしていた時、マンチェスター・ユナイテッドが獲得に動いていた。本人はすぐにでも英国へ渡りたかったが、両親はよく考えるべきだと助言したという。そこへレッドブル・ザルツブルクが乗りだしてきて、クラブの哲学を提示し、トレーニング施設にも招待。ウパメカノの心を動かした。「多くの自信と自由を与えてくれた」と、ウパメカノはのちに感謝を表していた。

【卓越したヘディング技術】

 15歳の時、スピーチセラピーを受けていた。難読症と吃音症を克服するためだった。シャイで自己表現が苦手なのは変わらないが、ウパメカノはバイエルンの守備のリーダーになっている。

 パリSG戦、反撃の3点目はウパメカノのヘディングシュート。

ファーポストの手前で高く跳び上がると、ごく薄く額をボールに当ててゴール右隅に収めるコントロールされたヘディングだった。

 CBの重要な資質が空中戦の強さなのは今も昔も変わらない。高さだけでなく、競り合いでのパワー、重さも必要だ。ボールの軌道を読み取る能力、さらにヘディングの技術が問われる。実際、CBはヘディングのスペシャリストで、ヘディングでボールをカーブさせるくらいは普通にできる。

 ウパメカノの精密なヘディングシュートはCBの職人芸だった。

 CK、FKにおいてCBの価値が高まっている。空中戦のエースなのだから、攻守両面で重要なのは当然だが、近年はCK、FKの攻撃で相手GKの守備範囲を限定する配置をするのが常態化している。手を使えるぶん、GKの優位性は明白だった。しかし、GKの守備範囲が限定されたことで、ゴールからの至近距離でフィールドプレーヤー同士の競り合いが増え、そこで「空の王」たるCBの価値が増しているわけだ。

 アーセナルのCBガブリエウはこの分野のスペシャリスト。今季すでに3得点4アシスト(第34節終了時)を記録し、CKが得点源のチームで非常に重要な存在になっている。

ガブリエウのみならず、およそどのチームでもCKの主役はCBだ。

 広大なスペース管理と被カウンターにおける守備力。相手のアタッカーの超人的な速さや強さに対抗できなければならない。攻撃ではビルドアップの起点となり、セットプレーの主役にもなる。ハイプレスが正義の現代、ハイスペックなCBはもはや必須となっていて、ウパメカノはその要望に応えている。

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