『エール』第16週「不協和音」 80回〈10月2日(金) 放送 作・清水友佳子 演出:橋爪紳一朗〉

木枯、ひさしぶりに登場
音楽挺身隊活動をはじめた音(二階堂ふみ)。やる気になって、慰問先の人たちと一緒に歌を歌ったらどうかと提案し、合唱曲の選曲をすることになった。どんな曲がいいか考えると、家庭菜園も手につかない。
夜遅くに、鉄男(中村蒼)が木枯(野田洋次郎)を連れて、酒を飲もうとやって来た。久しぶりに飲んで騒いだあと、木枯は、作る曲が「軟弱」と言われて採用されなくなっているそうで、鉄男も「忠君愛国」「戦意高揚」を求められる歌詞は書きたくなくて新聞社に戻ったと明かす。
戦時において裕一だけは仕事が途切れない。お国のためにがんばっている人を音楽で応援したい一心で、それが自分にできるたった一つのことだと言う裕一に「真面目だね」と木枯は好意的。でも帰りがけに音に「利用されないといいけど」とぽつりとつぶやき去って行く。
木枯の作っている曲は、いまのご時勢には「軟弱」と言われてしまうが、精神はまったく軟弱でない。空気を読んで立ち回るような生き方を選ばず、自分の作りたい曲を作ろうと踏ん張っているのである。鉄男だってそうだ。
木枯は裕一の真面目さを肯定し心配すらするが、実際のところ裕一ってどうなんだろう。音楽には罪がなく、裕一も罪がない。純粋に音楽が好きなのと、軍の言う話を信じて、人々を応援する曲を作っている。だが、鉄男によると、軍の発表は日本に都合よく作られていて、本当の戦局は日本に不利な状況らしい。その話に戸惑う裕一。引いた視線で見ると、彼の無垢さは痛々しくもある。
新聞だって本当のことを書きたいけれど書けないところは裕一と似たようなものなのだが、わかっていて耐えているのと、流されているのとではすこし違う。裕一に期待するのは、状況を冷静に見極め、何が大事か自分で判断することである。
木枯のモデルは、古賀政男。裕一のモデル・古関裕而と並ぶ、人気作曲家である。古賀政男音楽博物館ホームページの年表によると、昭和13年、音楽親善使節としてアメリカに行き、ハワイ、アメリカ、アルゼンチンを訪問。

音が非国民扱いに
裕一と比べると、音はまだ自分の意志と周囲の空気を客観視し、きちっと自分の意思を述べているところが好ましい。音が選曲した曲を、挺身隊顧問の神林(円城寺あや)が否定し、いまや音楽は「軍需品」と言われると、おずおずとした口調ながら「音楽を聞いて何を思うかはそれぞれの自由」ではないかと反論する。たちまち「非国民」扱いされる音。挺身隊に必要のない人材視されてしまう。
「非国民」だと言われると音も落ち込んでしまうが、それでも「みんなが同じ考えじゃなくてはいけないのかな。そうじゃない人は要らないという世の中は私はいや」と裕一に語る。
音と裕一は対立こそしていないが、明らかに違う考えを持っている。これでいいのかと考えている音に対して「できることをやっていくしかないんじゃないのかなあ」と相変わらず裕一はある種の思考停止をしている。
モデルの古関裕而の歴史を知ってしまうと、彼がいまなぜ、やれることをやるという思考停止状態に陥っているのか想像がつくが、このように、まだ考えのまとまっていない過渡期の役を演じることは高度であろう。
二階堂ふみは、音の若いときは、大きな声ではきはき主張していたが、この難しい問題になると、静かに語ることで、ちゃんと聞かせることを考えているように感じる。大きな声を出しすぎるといいことを言っていてもうるさく不快に聞こえてしまうから。そのへんの配慮ができているのを感じる。
喫茶・竹、休業に
がんばって代用デザートを作っていた保(野間口徹)と恵(仲里依紗)だが、保が工場で働くことになり店を休業することになる。これにはコロナ禍で店を閉じるしかなくなった人たちがたくさんいるいまの時代を思わせてつらい。「代用コーヒーなんてコーヒーじゃないし」と喫茶店である意味がないと諦めてしまった。「代用コーヒー」は76話に遡ると、「たしかに見た目はコーヒーだけどさ……」と久志(山崎育三郎)が話しているのだ。そのときすでに代用コーヒーを出していることがわかる。
その週はじめの76話では、久志に召集令状が届いたエピソードが描かれたが、週の終わり、裕一に召集令状が届く。裕一はどうなる?
(木俣冬)
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主な登場人物
古山裕一…幼少期 石田星空/成長後 窪田正孝 主人公。天才的な才能のある作曲家。モデルは古関裕而。関内音→古山音 …幼少期 清水香帆/成長後 二階堂ふみ 裕一の妻。モデルは小山金子。
古山華…根本真陽 古山家の長女。
関内梅…森七菜 音の妹。文学賞を受賞して作家になり、故郷で創作活動を行うことにする。
田ノ上五郎…岡部大(ハナコ) 裕一の弟子になることを諦めて、梅の婚約者になる。
関内吟…松井玲奈 音の姉。夫の仕事の都合で東京在住。
関内智彦…奥野瑛太 吟の夫。軍人。
廿日市誉…古田新太 コロンブスレコードの音楽ディレクター。
杉山あかね…加弥乃 廿日市の秘書。
小山田耕三…志村けん 日本作曲界の重鎮。モデルは山田耕筰。
木枯正人…野田洋次郎 「影を慕ひて」などのヒット作を持つ人気作曲家。コロンブスから他社に移籍。モデルは古賀政男。
梶取保…野間口徹 喫茶店バンブーのマスター。
梶取恵…仲里依紗 保の妻。謎の過去を持つ。
佐藤久志…山崎育三郎 裕一の幼馴染。議員の息子。
村野鉄男…中村蒼 裕一の幼馴染。新聞記者を辞めて作詞家を目指しながらおでん屋をやっている。モデルは野村俊夫。
藤丸…井上希美 下駄屋の娘だが、藤丸という芸名で「船頭可愛や」を歌う。
御手洗清太郎…古川雄大 ドイツ留学経験のある、音の歌の先生。 「先生」と呼ばれることを嫌い「ミュージックティチャー」と呼べと言う。それは過去、学校の先生からトランスジェンダーに対する偏見を受けたからだった。

番組情報
連続テレビ小説「エール」◯NHK総合 月~土 朝8時~、再放送 午後0時45分~
◯BSプレミアム 月~土 あさ7時30分~、再放送 午後11時~
◯土曜は一週間の振り返り
原案:林宏司 ※7週より原案クレジットに
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和