■ヒット商品はメーカーだけではできない
――一番思い出に残っている商品は何ですか。
【近藤】社長になってからの(経営者と現場の社員が直接対話する)タウンホールミーティングでも話したのですが、「ワンダ モーニングショット」です。
――2000年代の前半、アサヒ飲料の経営は厳しかった。そこから、「ワンダ モーニングショット」(発売は2002年10月)のヒットでV字回復する。そのときは、どんな思いでしたか?
【近藤】会社はこの先、どうなってしまうのかと不安でいっぱいなとき、この商品がヒットして立ち直っていく。
当時私は、原材料の調達部門にいて缶を担当していた。一気に新商品が売れたため、サプライヤーである缶メーカーに対し、「来週中に20万箱をお願いします」と無理な要求を、私は出したんです。缶の増産は簡単にはできないことを知っていながら。なのに、缶メーカーは要求に応えてくれた。相当な無理をしたはずですが、ありがたかったです。
■債務超過に陥るのは時間の問題だった
「ワンダ モーニングショット」発売の直前、当時のアサヒビール専務だった荻田伍氏がアサヒ飲料副社長に就く。荻田氏は2015年4月、当時について筆者に次のように話した。
「自分のサラリーマン人生は終わったと思いました。アサヒ飲料は赤字が続き、債務超過に陥るのは時間の問題だったから。私が再建できるとは思えなかった」「ただし福地茂雄(当時のアサヒビール会長、後にNHK会長)さんから、『お前一人では行かせない』と言われ、有能な人材をつけてもらった」。
菊地史朗氏(後にアサヒ飲料社長)、小路明善氏(現アサヒGHD会長)、平山健史氏(後にアサヒカルピスビバレッジ社長)が一緒に送り込また。
荻田氏中心の4人だけで新製品の販売政策などすべての重要案件を、素早く決定していく。「経営再建で大切なのはスピード。決定が遅れると、特に営業現場は混乱します」と荻田氏。その後荻田氏は、アサヒ飲料社長、アサヒビール社長、同会長となり経団連副会長も務めた。
――荻田さんから学んだことは?
【近藤】いまも忘れません。
実はいまでも荻田さんと時々飲んでいて、2月にもご一緒した。84歳とは思えないほど、ビールをたくさん飲まれていて、元気をもらいました。
■サイバー攻撃で仕事はアナログに変わった
――アサヒGHDが、2025年9月にサイバー攻撃を受けたとき、近藤さんはアサヒ飲料常務執行役員SCM(サプライチェーンマネジメント)本部長でした。
【近藤】9月29日にシステム障害が発生し、2日後には受注を開始し、4日後の10月3日からは出荷を開始しました。全部ではなく、一部のアイテムからでしたけど。SCM本部長としては、グループのアサヒビール、アサヒ飲料、アサヒグループ食品とが、物流で不公平にならないようにと、3社で協議して対抗策を講じていった。
システムを止めたため、最初は受注も出荷もいつになるのか、見当もかつかなかった。エクセルやファックス、社内のPCだけでやりとりするツールを使いました。
アサヒグループでは役員クラス、本部長クラスから各現場まで、発覚後すぐに各層が一斉に動き出した。すごい社員たちだと、感動を覚えました。
■犯行グループに身代金は払わない
――中堅スーパーの飲料担当のバイヤーは、「三ツ矢サイダーは定番商品なので、棚から外せないが商品が入らない。緊急処置で、類似したスプライトを替わりに配架した」と話してました。
【近藤】小売りの皆さんにはご迷惑をかけ、厳しい言葉もいただきました。そんなとき、間に入り、物流面を支援してくれた特約店(問屋)もいました。感謝の限りです。自分たちの力だけではなく、取引先からの助けがあって正常化にたどり着いたのです。
アサヒグループは、犯行グループが要求した身代金を払わないと決めていた。テロリストとは取引しないのと同じ理屈です。
サイバー攻撃を経験し、ハード面ではあらゆるアクセスを疑って検証する「ゼロトラスト」の考え方に基づき、システムのセキュリティを強化しています。一方でソフト面では、「不審なメールは開かない」といった社員のマインドのリセットを徹底させています。
■社長就任には即答しなかった
――社長就任は、いつ、誰から、どんな形で告げられたのですか?
【近藤】昨年の12月でした。(中間持ち株会社の)アサヒグループジャパンの濱田(賢司)さんから、「今度、社長をやってもらうよ」、と。
――で、どう応えましたか。
【近藤】その頃は、SCM本部長としてサイバー攻撃によるシステム障害への対応で手一杯だったので、耳に入らなかったのが本当のところです。
そこで、生意気な私が出ちゃいました。
――どんな、ですか。
【近藤】濱田さんに対して、「ちょっと待ってください。今は考えられないです……。ただ、トップに就けるよりも、私を泳がせておくというのか、もっと遊ばせておいた方が、活躍できて成果を上げられます。会社に貢献できると思いますよ」、と話したんです。
――それで、濱田さんはなんと?
【近藤】「こんな奴は初めてだ」って、呆れてました。現実には、自分のことよりも会社を何とかしなければという思いの方が、断然強かった。
――即答はしなかったのですね。
【近藤】はい、年末年始の休暇に入り、どうしたものかと、自分の内側で“壁打ち”をしました。上司になってからの私は、部下たちに「前向きに挑戦しなさい」と言い続けている。その私が、挑戦しないのはよくない。こう判断して、年明けに(社長就任を)受けました。
■AIよりも大切なのは「生の情報」
――ご家族からの反応は?
【近藤】主人は「健康にだけは気をつけて」と言ってくれました。生産工学を専攻する大学1年生だった娘は「ママ、大変だね。男の人たちから、いろいろ言われちゃうよ」と話してました。学生の娘がどこまで現実を理解していたのか、分かりませんけど。まぁ、家族は応援してくれています。
――小路(明善アサヒGHD会長)さんからは、何か言われましたか?
【近藤】メールで「期待しています」「近藤さんしかいない」といただきました。経団連副会長でもある小路さんは、(経営危機に陥っている)日産自動車の経営会議議長に6月から就きます。社外取締役としてです。本当に大変な仕事にチャレンジするんだと、思います。
――アサヒグループはいつの時代も、挑戦する会社なのですね。会社としてだけでなく、個人としても。経営トップとしては何を大切にしていきますか?
【近藤】AIがどれほど進化しても、一番大切なのは生情報です。生きた情報は、お客様との接点である現場にある。現場力を大切にしたい。
それと、どんなに素敵なビジョンや戦略があっても、動かしていくのは「人と組織」。なので、人と組織の力を最大限生かせる環境作りを大切にしたいと考えます。私がいつも不機嫌にしていたら、誰も挑戦しないし、意見も出せません。
■「社長」ではなく「こんちゃん」
【近藤】入社してから、私はずっとヤンチャでやってきた。若い頃から、言いたいことを言い続けて、気がつけば私は社長になった。ポジションが上がっていくと、言う側から言われる側になっていきました。
怖いのは、現場から意見が出なくなることであり、社員の挑戦心を会社が抑えてしまうことです。現場の声をしっかり聞いて、コミュニケーションを円滑にできる会社にしていきたい。
――具体的にはどうしていくのですか?
【近藤】小さなことですが、社長に就いてから、社内で人を「さん」付けで呼ぶように変えました。社長とか部長とか、役職で呼ぶのをやめた。社内で私は「こんちゃん」とか「ねえさん」と呼ばれていて、これは継続してもらう。私は気に入っている。
また、4月からは経営会議に、支社長や工場長にもオンラインで参加してもらっている。経営から各現場に伝えるスピードを早くし、現場からの意見も受け入れている。支社長や工場長は、アサヒグループの次代を担う人たちでもあります。
――少子化と人口減少が続き、清涼飲料の国内市場は縮小していきます。
【近藤】アサヒ飲料には「三ツ矢サイダー」、「カルピス」、「ウィルキンソン」と、発売から100年を超える歴史を持つ「100年ブランド」が3つあります。3つ揃う会社は、ほかにはない。ブランドをブラッシュアップしながら、お客様に新しい価値を提供できる会社を目指します。社会課題を解決し、いつも社会に寄り添いながら。
■ナフサ不足の時代に
――イラン情勢の悪化が長期化すると、原油もナフサも不足していくと懸念されます。それだけに、使用済みペットボトルを原料化して新たなペットボトルに再生する「ボトルtoボトル(BtoB)」が注目されます。近藤さんはBtoBも担当されていた。まさに社会課題に当たります。
【近藤】使用したペットボトルは、そのまま捨てればゴミですが、リサイクルすれば資源になります。つまりは循環型経済が成立する。ナフサ不足への対応だけではなく、海洋プラスチックなどは、いまや大きな社会問題です。化石燃料の使用削減にもつながります。
BtoBで当社は、2025年にようやく業界平均に達してきた段階。ただし、ケミカルリサイクルの技術は先行しています。
ケミカルリサイクルとメカニカルリサイクル、さらに石油由来のヴァージンペットとをバランスよく展開していく。BtoBは業界全体で取り組むテーマなのです。
■業界で唯一の再生技術
BtoBには、ケミカルリサイクルとメカニカルリサイクルがある。
前者は使用済みペットボトルを化学分解により中間原料に戻した上で再重合し、新しいPET樹脂を生成する。
後者は同じく洗浄・粉砕により異物を除去し高温、減圧での除染などの物理的処理を経てペレット化して、ペットボトルを作る。
メカニカルリサイクルは低コストな反面、再生を繰り返すと粘度が落ちてしまい「2リットルペットといった大物には、利用は難しくなる」(近藤氏)。
ケミカルリサイクルは、何度再生しても品質を維持できる反面、高コストなのが問題。
サントリーHDは2011年に、メカニカルリサイクルで得たペレットを一部に使用したペットボトルを実用化した。BtoBはメカニカルリサイクルがいまは主流。アサヒ飲料は2020年頃から、業界で唯一ケミカルリサイクルを実現している。
■M&Aは一つの手段
――アサヒグループは、国内営業を中心とするビールと飲料の事業会社でした。しかし、10年前には欧州のビール事業を相次いで買収。合計で1兆円を超える資金を投じた。20年にも豪州にて1兆円超でビール会社を買い、昨年末にも30億ドルを投じて東アフリカの酒類事業のM&A(企業の合併買収)を決めました。海外売上高は国内を超えていて、いまや投資会社のように変わってきたように見えます。この変化を営業出身者としてどう見ますか?
【近藤】これまでビールや飲料で築いてきた文化、そして資産がグループにはあります。しかし、成熟した国内市場で成長していくのは、とても難しい。やはりM&Aを使い新しい事業をもうけていくのは必要です。
特に、清涼飲料の場合は、参入障壁も低いのは特徴。どうしても競争は激しくなります。M&Aは一つの手段です。有力なブランドを買収したり、例えばですがオフィスの飲料サーバ事業を手に入れたりと、可能性はあります。
■「終身雇用はもうすべてではない」
アサヒに限らず、サントリーは2014年に米ウイスキー大手を買収。最近も第一三共から一般医薬品子会社の買収を決めた。キリンHDは23年に豪州の健康食品メーカーを買収するなど、ヘルスサイエンス事業強化を進めている。脱国内市場、脱酒類飲料の動きが、各社とも加速している。
――近藤さんが大学生だったバブル時代の1989年。世界の時価総額ランキングで日本企業は1位から5位までを独占し、ベストテンには7社が入っていました。ところが、2025年における日本企業の最高位はトヨタの49位です。GDP(国内総生産)でも今年はインドに抜かれて5位に後退しそうです。こんな状況ですが、特に若い社員は何をどうしたらよいのでしょうか?
【近藤】Willをもつことです。どんなに厳しい時代にあっても。自分が何をしたいのか、そのためにはどうするべきなのかを、Willに基づいて決めていく。挑戦していくのです。失敗を恐れずに。各自が自立していく。
終身雇用はもうすべてではない。自身の考えに沿った転職は、普通にありだと思います。仕事がつまらないと、人生はつまらなくなる。
社員の一人ひとりが、意欲を持って働ける会社の環境を作るのは、経営のミッションだと私は考えます。
■社長として、母として
アカデミー賞を受賞した黒人俳優は、シドニー・ポアチエとデンゼル・ワシントン。「二人に共通するのは、白人好みの黒人という点」(大手紙文化部の映画担当)と言う。
男社会だった日本企業の女性幹部はみな「男性好みの女性」なのかと言えば、そんなことはない。
近藤氏について「実行力、推進力がすごい」「話しやすい上司」と元部下は話す。アサヒの本流である営業出身であり、「いろいろな仕事を経験してきました」と近藤氏。
取材中も、「(受験が終わり大学生になったら)娘は遊んでばかりで」などと経営者ではない、どこにでもいる母親の顔で笑った。
その瞬間、最前線で働きながら子育てを両立させてきたという事実が醸す、なんとも懐の深い人柄が滲み出ていた。
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永井 隆(ながい・たかし)
ジャーナリスト
1958年、群馬県生まれ。明治大学経営学部卒業。東京タイムズ記者を経て、1992年フリーとして独立。現在、雑誌や新聞、ウェブで取材執筆活動をおこなう。著書に『軽自動車を作った男 知られざる評伝 鈴木修』(プレジデント社)『キリンを作った男』(プレジデント社/新潮文庫)、『日本のビールは世界一うまい!』(筑摩書房)、『移民解禁』(毎日新聞出版)、『EVウォーズ』『アサヒビール30年目の逆襲』『サントリー対キリン』『ビール15年戦争』『ビール最終戦争』『人事と出世の方程式』(日本経済新聞出版社)、『究極にうまいクラフトビールをつくる』(新潮社)、『国産エコ技術の突破力!』(技術評論社)、『敗れざるサラリーマンたち』(講談社)、『一身上の都合』(SBクリエイティブ)、『現場力』(PHP研究所)などがある。
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近藤 佳代子(こんどう・かよこ)
アサヒ飲料社長
1968年神奈川県茅ヶ崎市生まれ。明治学院大学文学部仏文科を卒業し1991年アサヒ飲料入社。営業部に配属。2019年アサヒGHDサステナビリティ部門ゼネラルマネージャー、22年同社執行役員、24年アサヒ飲料取締役兼執行役員、25年同社常務執行役員、26年3月同社社長。
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(ジャーナリスト 永井 隆、アサヒ飲料社長 近藤 佳代子)

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