中国系犯罪組織との関連も
4月29日、SNSでは建物から走って逃げる複数の東アジア系の人々の映像が出回った。後ろでは発砲音が聞こえ、緊迫した状況が伝わってくる。この日、摘発があったのは、タイとの国境沿いにあるカンボジア北西部バンテイメンチェイ州ポイペト。ポイペトはカンボジア内戦時の激戦地だったが、1991年の内戦終結後はカジノの町として発展してきた。そのポイペトでここ最近、特殊詐欺拠点の摘発が続いている。詐欺拠点はもともと、コロナ禍から増えてきたとみられ、特に昨年から摘発が強化されてきた。日本人も拘束の対象になっており、昨年5月には特殊詐欺に関わったとして日本人29人が、今年4月にも日本人の女1人を含む156人が拘束された。
冒頭の大規模摘発が起きたのは、「オーキッド・ホテル&リッチ・カジノ」と呼ばれる施設。カンボジア当局の声明によると、オンライン詐欺の疑いで当局が強制捜査を行い、敷地内で外国籍1000人以上を拘束し、犯罪の証拠を押収した。強制捜査の最中には、拠点内部から当局への発砲も確認されたという。
カンボジアの現地事情に詳しい小市琢磨氏(カンボジア日本人会の前会長)が説明する。
「この施設は、現地では『Baolong3(宝龍3)』という通称で知られていました。
調査団体のCyberScamMonitorによれば、Baolong3の建設は、‘23年4月から’24年3月にかけて急ピッチで進められた。複数の建物から成るが、登記上の名称はオーキッド・ホテル&リッチ・カジノだった。
オーキッド・ホテル&リッチ・カジノを運営していたJ社は、公式なカジノライセンスを取得し、施設を運営していたという。‘14年のJ社設立時には取締役としてタイ人、日本人が就任していたが、’23年12月に退任。現在はフィリピンを拠点とする中国系の人物が運営している。
詐欺拠点運営会社に日本人
筆者がカンボジア商業省に登録されているJ社の法人情報を確認したところ、確かに過去の取締役として日本人の名前と住所が掲載されていた。その情報をもとに調査すると、男性は都内在住の歯科医師であることがわかった。筆者はこの歯科医師に電話取材を行った。――カンボジアのポイペトで、大規模な詐欺拠点の摘発が行われたのは知っているか。
まさに今朝、友人から聞いて知ったところだった。
――カンボジア商業省のデータベースで名前を確認した。J社の取締役だったのか?
10年前にタイ人の友人に誘われて投資した。現地に行ったのもその一度きり。
――建物が詐欺拠点として使われていたことは知らなかった?
まったく知らなかった。現在、施設がどのような運営体制になっているのかも知らない。
男性は終始驚いた様子で、「現在はJ社と関係がない」と主張した。
知らないうちに詐欺拠点に
カンボジアでは最近、「不動産オーナーの知らないうちに、テナントが勝手にオンライン詐欺を行っていた」という事例が散見されるが、前出の小市氏は、カジノライセンスを隠れみのにした違法行為も確認されていると指摘する。「ライセンスという傘を確保し、その内部で中国系犯罪シンジケートが自由に活動できるような、『ホワイトラベル型(名義やシステムのみを貸し出す形態)』のインフラ提供モデルが確認されています。不動産オーナーが負うべき道義的・法的責任は、これまでの不動産投資トラブルとは比較にならないほど重いでしょう」
今回の事態を受けてカンボジア当局は、 オーキッド・ホテル&リッチ・カジノのカジノライセンスの即時取消を発表。オンライン詐欺など違法行為への関与が疑われるすべてのカジノに対して、立ち入り検査や捜査などを継続していくことを表明した。
日本企業が進出する「経済特区」にも影響
さらに、今回の特殊詐欺拠点の摘発をめぐっては、もう一つ日本人に関わる問題が浮上している。摘発された詐欺拠点のすぐ近くで、日本人とカンボジア人による合弁事業のS経済特区が運営されていたからだ。この経済特区では、大手を含めて複数の日本企業が拠点を置いている。S経済特区の運営会社は詐欺拠点の摘発翌日、「経済特区はオンライン詐欺に一切関与していない」との声明を出す事態となった。
一方で、調査団体のCyberScamMonitorは「S経済特区が’22~’24年にかけて発表していた公式地図によれば、今回摘発された施設が経済特区の境界内に入っていた」と指摘している。現在の土地所有権については明らかにされていないものの、こうした疑惑について説明を求める声があがっているのだ。
一連の事態について、S経済特区の運営会社の日本人担当者に取材を申し込んだが、期日までに返答はなかった。同社のウェブサイトも閲覧できない状況になっている。
ポイペトのゴッドファーザーに米制裁も
カンボジアの特殊詐欺拠点の問題をめぐっては、地元の有力者との癒着もたびたび指摘されている。4月23日には米国財務省外国資産管理局が、ポイペトの「ゴッドファーザー」と呼ばれる上院議員のコック・アン氏などに対し、経済制裁を科すと発表。コック・アン氏の所有するビルがオンライン詐欺や人身売買の拠点となり、アメリカ人などを標的とした詐欺で、多額の利益を上げていたと指摘している。
また、同氏は水道や電気といったインフラ企業の会長も務めていた。カンボジアに進出する企業が、このように制裁を科された人物が展開するビジネスの恩恵を受け、間接的に国際犯罪に関与してしまうような懸念もある。
カジノ、不動産投資、経済特区――。国境ビジネスの裏で、特殊詐欺や人身売買は静かに拡大を続けてきた。今回の摘発は、その利益構造の裏に、日本人もまた深く組み込まれていることを浮き彫りにしている。
【泰 梨沙子(はた・りさこ)】
共同通信グループ系メディアで記者を務める。’21年に独立。フリージャーナリストとしてタイ、ミャンマー、カンボジア、ラオスの人道問題について執筆
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