馬トク報知で過去の名勝負を当時の記事から振り返る【競走伝】。日本ダービーは特別編で、武豊騎手=栗東・フリー=のダービー6勝を【ダービー武豊伝】として取り上げる取り上げる。

第5回は2013年のキズナ。ケガによる苦難の時期を乗り越えた、8年ぶりにつかんだ勝利だった。

 すべての“絆”が背中を押した。大歓声に包まれたラスト400メートル。武豊は、後方で待機していたキズナを内から外へと導いた。前を行く2頭がふらつき、その真ん中の進路が一瞬ふさがりかける。しかし、迷いはなかった。「あそこは引けないところ。馬もしっかりと応えてくれた」。強い気持ちで手綱を押し、左ステッキを振り下ろす。Vロードを自らこじ開けると、弾むようなフットワークで一気に加速。完全に抜け出していたエピファネイアをゴール前で測ったように差し切った。

 誰もがこの瞬間を待っていた。前人未到のダービー5勝目。ゴール板を過ぎ、左手を上げ、右手でグッとガッツポーズを作ると、13万人を超す大観衆からの「ユタカコール」が府中の杜(もり)を揺らした。「最高でした。これだけの馬で出ること自体が久しぶり。1番人気の責任を背負っていたし、どうしても勝ちたかった。僕は帰ってきました!」。重圧から解き放たれた天才が喜びを爆発させた。

 2010年3月の毎日杯で落馬し、左鎖骨、腰椎横突起骨折などの重傷を負ってから、それまで年間100勝以上が当たり前だった勝ち星が伸び悩んだ。そんな時に巡り合ったのが、かつて主戦を務めたディープインパクトを父に持つキズナ。その名前には2011年に起きた東日本大震災からの復興への思いが託されていた。

 初めて騎乗した昨年末から、一戦ごとに色濃く感じるようになっていたのは偉大な父のDNA。

「ディープの子供でまたダービーを勝てたことが良かった。格別です」。姉は自身の手綱でG1・2勝(1998年桜花賞秋華賞)を挙げたファレノプシス。二重の縁を持つ血統馬で、史上初となる同じ騎手による父子制覇を決めた。

 秋は凱旋門賞へ向かうことが決定。日本で無敵を誇った父でさえ2006年(3位入線→失格)、分厚い壁にはね返された世界最高峰のステージだ。「ディープが引退する時に、ぜひ子供で出たいと思っていた。実現すれば本当にうれしい。彼を世界NO1にしたい」。力強い視線が見据える先は、日本馬初の偉業となる8年越しの悲願。多くの絆が紡ぐ夢物語は、これからクライマックスを迎える。

〈姉弟によるクラシック制覇〉

キズナの姉ファレノプシスは1998年桜花賞、秋華賞、2000年エリザベス女王杯の覇者。

姉弟によるクラシック制覇は3例目になる。

◇母ハヤフブキ

姉タケフブキ=1972年オークス

弟タケホープ=1973年ダービー&菊花賞

◇ダンシングキイ

姉ダンスパートナー=1995年オークス

弟ダンスインザダーク=1996年菊花賞(その妹ダンスインザムードも2004年桜花賞を制覇)

 きょうだいの年齢差15歳は、1984年のグレード制導入後では最も離れている。それまでは兄フサイチコンコルド(1996年ダービー)、弟アンライバルド(2009年皐月賞)の13歳差が最大だった。キズナは母キャットクイルが20歳時の子供。20歳時の子供がG1を優勝したのは、1995年マイルCSなどを勝利したトロットサンダーの母ラセーヌワンダ以来だった。

〈2013年の日本ダービー〉

 京都新聞杯で重賞連勝を決めたキズナと、皐月賞馬ロゴタイプが人気を分け合い、この2頭に単勝1ケタ台でエピファネイア、コディーノが続いた。前半5ハロン60秒3という締まった流れの中、直線ではエピファネイアが馬群を割るように鋭伸。しかし、その外からキズナが一気に脚を伸ばし、鮮やかに差し切った。ロゴタイプはゴール前で脚が鈍っての5着。

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