第93回日本ダービーは5月31日、東京競馬場で18頭が世代の頂点を競います。スポーツ紙・夕刊紙8紙の特別企画で、スポーツ報知の競馬記者が熱く語ったのは、“初めてのダービー”。

あなたと同じダービー馬を推す同世代の記者はいますか? 第4回はレイデオロ世代の坂本達洋記者の登場です。

 

 あれほど短時間で気持ちが揺れ動いた取材はなかった。レース直後に検量室へ向かう間、心が高揚感と中途半端な悔しさに包まれていたのを覚えている。17年1月から競馬担当の記者になり、その年の日本ダービーはレイデオロが見事に勝利。本命を打ったスワーヴリチャードが2着となり、予想が的中した喜び半分、「1着だったらなぁ…」という“タラレバ”を捨てきれないでいた。

 しかし、そんなのんびりとした思いはすぐに吹き飛んだ。現役晩年にさしかかっていた名伯楽・藤沢和雄調教師が、19頭目の挑戦で初めて“ダービートレーナー”の称号を手にした歴史的瞬間。競馬を取材し始めたばかりで、その栄誉に至るまでの道のりを直接見聞きしていたわけではないが、多くの厩舎関係者が一緒になって喜びを分かち合う姿に胸を打たれた。日本ダービーの重みに素直に感動したと言える。

 先輩記者が勝利ジョッキーの取材へ走る一方、私は敗れた陣営のもとへ。そこでは一転して背筋が凍る思いをしたのを覚えている。当然、悔しさを抑えきれないことは予想していたが、ダンビュライトで挑んだ武豊騎手の言葉は耳に焼き付いている。

「ペースが遅かったね。2番手が消極的すぎて、分からない。俺も内枠だから動けない」と、明らかに怒気を含んでいた。数々の栄光を手にしたレジェンドでも、ここまで熱くなってしまうのが、日本ダービーなのだと強烈な印象に残っている。

 それから約10年がたった。しのぎを削った1、2着馬は、種牡馬として成功を収めつつある。その忘れぬ激闘譜は、今も日本ダービーの重みを思い起こさせる。

〈2017年日本ダービーVTR〉

 内枠のマイスタイルがハナを主張。2番手にトラストが続き、1000メートル通過63秒2のスローペースに。2角14番手で回ったレイデオロが向こう正面で一気に2番手まで押し上げ、直線でもそのまま押し切って快勝。ルメール騎手の見事な手綱さばきが光った。

 ◆坂本 達洋(さかもと・たつひろ)1982年生まれ、千葉県出身。

44歳。06年4月に入社。野球記者や販売局勤務などを経て、17年1月から中央競馬担当。予想スタイルは基本的に本命党でも、あくまで取材の感触を重視。

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