第93回日本ダービーは5月31日、東京競馬場で18頭が世代の頂点を競います。スポーツ紙・夕刊紙8紙の特別企画で、スポーツ報知の競馬記者が熱く語ったのは、“初めてのダービー”。

あなたと同じダービー馬を推す同世代の記者はいますか? 第5回はドウデュース世代の水納愛美記者の登場です。

 「日本ダービーって1回しか出られないんですか?」競馬の“け”の字も知らずに競馬担当になった私。配属当初の知識はその程度だった。

 22年の日本ダービーウィーク。武豊騎手に、日本ダービーにまつわる10の質問をぶつける企画を行った。最後に用意した質問は「お金も名誉も手に入れた今、一番欲しいものは?」即答だった。「日本ダービー6勝目」。レジェンドが、これほど真っすぐに勝利への熱意を表すレース。日本ダービーの重みが、ずしりと胸にきた。

 当日は自宅のテレビで観戦。今なら、自腹を切ってでも現地に行くのだが…。ともかく、ドウデュースの別次元の加速は忘れられない。

「ほんまに勝った…」。ゴール後は放心し、手が震えた。

 ドウデュースが好き。その一心で凱旋門賞の現地取材に立候補したが、正直、今でも苦い思い出だ。ドウデュースが本調子でないことを陣営から聞き出せなかった。好きと言うだけなら簡単。誰よりも取材して、見て、追いかける。そうでなければ番記者なんて名乗れないと、深く反省した。

 “一番”の記者になるために、翌年からは心を入れ替えた。調教のデータを1年分遡って分析。厩舎にも毎週通い、近くで馬体を見ながら変化に気付けるようにした。本当に一番になれたかは分からない。

だが、ラストランのはずだった有馬記念の出走取消後、陣営から「水納さんもチームだよ」と言ってもらえたことは一生の財産だ。

 あの日本ダービーがなければ、私は一頭を本気で追いかけるという経験をできなかったかもしれない。ドウデュースは、私を記者として大きく成長させてくれた日本ダービー馬だ。

〈2022年日本ダービーVTR〉

 デシエルトがハナを切り、前半1000メートル58秒9のやや速い流れ。ドウデュースは14番手から運んだ。抜群の手応えで直線に向き、外から猛追。ムチを入れられるたびグングン加速し、のちのG1・6勝馬イクイノックスの追い上げを首差で振り切った。

 ◆水納 愛美(みずのう・まなみ)1998年7月8日生まれ。27歳。武豊騎手がスペシャルウィークで日本ダービーを初制覇した年に生まれ、「スペシャルイヤーやな」と言われた。2021年4月に入社し、同年9月から競馬担当。

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