ワトスンが書いたシャーロック・ホームズの探偵録は真実ではなく、実際にあったホームズとクトゥルー神話の怪物たちとの闘いを隠蔽するため、巧妙に捏造された創作だった----というのが、ラヴグローヴ《クトゥルー・ケースブック》シリーズのあらましだ。すでに三部作として完結しているが、本書はそれを補完する「もう一冊」である。
この『シャーロック・ホームズとハイゲイトの恐怖』品は、ホームズのパートナーであるジョン・H・ワトスンが手書きで記した全八部のエピソート群が本体をなし、それをジェイムズ・ラヴグローヴの「序」と「あとがき」がサンドイッチするかたちだ。現代に生きるラヴグローヴが、およそ一世紀前に書かれたワトスンの草稿を発見し、それを世界に紹介する。ホームズが生きた時代、そして経験した困難が、私たちが生きるこの世界を照射する。それが本作品の狙いだ。
ワトスン執筆の全八部は、各部ごとに事件が起きる。箇条書きしてみよう。
●第一部(1888年秋) ハイゲイト墓地の死体消失
●第二部(同年冬) モンスターによる政府要人の脅迫
●第三部(1895年夏) 元捕鯨船船長が銛によって刺殺
●第四部(1898年秋) 殺人者が収容されていた精神病院から脱走
●第五部(1902年秋) 若い女性が連続して失踪
●第六部(1903年春) 秘密結社《ザ・カルチャード》の暗躍
●第七部(同年夏) ホームズ引退に至る経緯
●第八部(1918年秋) 隠棲のホームズに降りかかる脅威
第一部から第六部までの事件は、(表面上は)別個に発生し、それぞれ解決にむけてホームズとワトスンが奔走する。捜査の過程で得た情報、事件の裏でちらつく影などがしだいに結びついて、この作品全体を貫く大きな物語が立ちあがっていくのだ。
第七部は、ホームズとミ=ゴとの知恵比べであり、互いに持ち札を出しあってディールをおこなう。そこで第一部から第六部までの伏線が生きてくるのだ。SFミステリとしての、理知的なクライマックスへと至る。
そこから年代が一挙に飛んで15年後、第八部では老年になったホームズが最大のピンチに直面する。第七部で落着したと思われていた事態が急変するのだ。
全篇を通しての読みどころは、なんといっても絶妙のキャラクター配置。第二部からは、コナン・ドイル《ホームズ》シリーズ最高のヒロインと目されるアイリーン・アドラーが登場し、ホームズとワトスンを翻弄する。また、アイリーンほど目立たないが、ホームズ・ファンにはお馴染みのベーカー街221Bの下宿屋主人ハドスン夫人も、重要な役回りを果たす。
もちろん、ホームズとワトスンのコントラストも、ドイル原作を引きついでいる。たとえば、本作品のSFとしてのテーマにかかわる部分、つまりミ=ゴが地球へ来た理由について、善良なワトスンは平和的・救済的なものだと解釈し、疑り深いホームズは攻撃的・占領的に捉える。第一部から第六部、それぞれの事件の顛末については、どちらの説明も成りたちそうなのだ。果たして真相は......。
(牧眞司)