知的障害のある母の子育てと家族の現実を描いた『だいすき!! ゆずの子育て日記』、知的障害のある親をもつ女性の人生を描いた『ひまわり!! それからのだいすき!!』。シリーズ完結記念インタビュー後編では、一見すると重く社会派になりがちなテーマを明るく描いたことへの思いや、11年にわたって取材と連載を続けて感じた障害そのものについて、漫画家の愛本みずほさんに聞きました。
前編はこちら)
「こんな人クラスにいた気がすると思うことも」知的障害のある親をもつ女性を描くということ
『だいすき!! ゆずの子育て日記』(愛本みずほ・講談社)

障害を明るく描くのは不謹慎か


――『だいすき!!』と『ひまわり!!』はどちらも社会派のテーマではありますが、読み味がとてもライトですごく朗らかです。読みやすいですし、障害の話だからって肩肘張らないでいいよと言われているようでした。
愛本みずほさん(以下 愛本) 説教くさい漫画は面白くないので、そういう雰囲気にはしたくないという思いはありました。もともと障害者を描こうと思っていませんでしたし、この作品は健常者のお母さんより少しできないことが多くて、おっちょこちょいな柚子という子の子育て漫画なんです。あと柚子のモデルになったお母さんが明るくてかわいらしい方だったということと、ひまわりが元気な子供だったのも大きいですね。
――ひまわりが柚子の妊娠・出産にまつわる話をブログにアップした時、「障害者が子供をもつなんて無責任」といったネガティブな意見が寄せられて炎上しましたが、そういうことはありませんでしたか?
愛本 なくはなかったと思います。企画段階でも「寝た子を起こすようなことになるのでは」と議論が重ねられたときいています。
障害のある女性から「親にダメだと言われていたけれど、この漫画を読んで私でも恋人をつくっていいんだと思えました」というお手紙をいただいたこともあります。明るく描くことが不謹慎なのではないかと思ったこともあります。でも実際に取材をすると障害があるご本人もご家族も支援者の方も皆さん本当に明るくてパワフルなんですよ。もちろん色々ご苦労されてそれを経た今だからこそ笑っていらっしゃるというのもあると思うのですが、ご家族の方だっていつも障害のことを考えて泣いているわけじゃないだろうと。悲しい話もたまに聞きますが、あえてそこに焦点をあてるような描き方はしなくても良いと思いました。

社会が変われば、障害は変わる


――最終回が掲載された「BE・LOVE」の誌面上でのインタビューでは、知的障害に対する考えが取材前と後でだいぶ変わったと答えていますが、愛本さんの中で起こった考え方の変化とは。
愛本 取材をすればするほど境目がわからなくなっていきました。
知的障害の方と触れ合ったことがなかった頃は、道端でギャーッと奇声を発して駅のホームで叫んでいるような人が障害のある方だと思っていたんです。自分とは別の世界のことだと。でも柚子のような軽度の方は話してみないとわからないですし、「こんな人クラスにいた気がする」と思うこともありました。普通に楽しくおしゃべりして、普通のやりとりを彼らとする中で、この人たちと私たちの差ってなんだろうと。障害者と健常者の差、どこまでが軽度でどこからが中度なのか、じゃあ中度と重度の線引きは?って。次第に、たいして変わらないのではないかと思うようになりました。
脇役のキャラ含め障害のある人を描いているというよりは、こういう個性の人を描いているという感じでした。
――柚子のママ友の野村さんが「障害ってなんだろうね」とつぶやいたシーンがとても印象に残っています。改めて障害とはどんなものだと思いますか?
愛本 以前、障害者支援をしているNPO法人PandA-Jの野澤和弘さんという方からこんなお話をうかがったんです。「みんな目が見えず明かりがなくても不便を感じないのが当たり前な真っ暗で世界では、目が見えて光を必要とする人が障害者」。本当に目から鱗で、作中でも取り上げさせてもらいまいた。社会とは多数派にあわせてつくられていて、少数派の人が多数派にあわせて暮らさなきゃいけないから不便を強いられている。
その不便を強いられている人が障害者。今の日本は「少数派のために電気なんかわざわざつくらないよ」という社会なんですよね。だから社会の状況が変われば、障害を取り巻く環境はどんどん変わると思います。昔は障害があると施設に入るのが障害者の幸せとされていましたが、今は社会に出て暮らすのが当たり前になってきました。私がこの漫画を描いている11年の間だけでも企業は一定数障害者を雇用するよう定められ、特別支援教育法や障害者差別解消法など、社会のあり方は少しずつ変わってきています。これで自立する道が少し増えると、またちょっとずつ変わるのではと。
それくらい障害者と健常者の境目というのは曖昧で不確定だと思うんです。この漫画を読んでもらったことで障害は別の世界のことだと思っている方のハードルが少しでも下がればいいなと思っています。

学習障害“ディスレクシア”とは


――11月1日発売号からは学習障害のディスレクシアをテーマにした新連載がスタートすると伺いました。最近耳にする機会が増えましたが、どんなものかはあまり知られていないですよね。
愛本 ディスレクシアは、文字の読み書きが困難な学習障害のひとつです。知的障害や身体障害などとは違い、視覚に障害がないにもかかわらず文字の形を認識するのが困難という症状があります。
文字がにじんだり歪んだりするほか、動いて上下逆さまになったり配列がぐちゃぐちゃになるので読むことができないといった例が多く見られます。最近ですと俳優のトム・クルーズさんがディスレクシアだと公表しています。担当さんから聞きましたが、アインシュタインもこの障害があったそうです。
――なぜディスレクシアをテーマに選んだのですか?
愛本 障害に関するシンポジウムに参加した時、登壇者としていらっしゃった南雲明彦さんという方とお話する機会があったんです。彼は21歳になるまで自分がディスレクシアという障害をもっていることを知らなかったそうです。小・中・高とみんなが問題なく字を書いているのにどうして自分だけ出来ないのかわからない。自分の目に見えているものが、まさか他人にはそう見えていないなんて思わないですよね。だからたいそう悩んだそうです。自分の目に見えているものがすべてなのに見え方が違うとは思わず悩んでいるうちに精神的に限界がきてしまい、高校の時には鬱病を患ったと聞きました。そこから興味をもって調べ始めたのがきっかけです。ただ、難しいなと思ったのは、ディスレクシアは症状の幅がとても広いということです。個人差が大きいので、主人公の男の子はどういった見え方をしているのかと考えるだけでもすごく時間がかかってしまって。実はもっとはやく始まる予定だったのですが、編集長に泣きつきました(笑)。中途半端なことは描けないので、時間をもらった分しっかり準備をして臨みたいと思っています。
「こんな人クラスにいた気がすると思うことも」知的障害のある親をもつ女性を描くということ

現在発売中の「BE・LOVE」16号には『ひまわり!! それからのだいすき!!』の番外編が掲載中。
ディスレクシアをテーマにした注目の新連載は11月1日発売予定の22号からスタート予定です。

『だいすき!! ゆずの子育て日記』(試し読みコミックスKindle
『ひまわり!! それからのだいすき!!』(試し読みコミックスKindle) 

愛本みずほ(あいもと・みずほ)
1964年11月29日生まれ。大阪在住。1987年『別冊少女フレンド』でデビュー。代表作は『だいすき!! ゆずの子育て日記』(全17巻)、『ひまわり!! それからのだいすき!!』(全11巻)がある。2歳になった愛犬の名前はコタロー。
(松澤夏織)