第12週「結婚したい!」第72回 6月23日(土)放送より。
脚本:北川悦吏子 演出:田中健二
72話はこんな話
菜生(奈緒)からの電話でキミカ先生(余貴美子)の還暦祝いに律(佐藤健)も来ると聞いた鈴愛(永野芽郁)は岐阜に向かった。
律とはもう5年会っていなかった。
鈴愛、故郷へ帰る
泣き虫のお母ちゃん
面倒くさいお父ちゃん
ナイーブなおじいちゃん
カエルになったおばあちゃん
ブッチャー(矢本悠馬)は名古屋の不動産会社で修業中。
菜生は名古屋のデパート勤務。
律は京大のロボット研究室。
鈴愛は漫画家先生。
じつに簡潔な説明である。
鈴愛は、宇太郎(滝藤賢一)に、(同級生のなかで)「一番の出世頭だ」と持ち上げられる。
そしてごちそうで上げ膳据え膳の歓待を受ける(カエルのおばあちゃんはナレーションで常に見つめている)
ただ、宇太郎は「うまくいってるのか?」と心配もしている。
弟・草太(上村海成)は大学卒業後、名古屋の大型チェーンのレストラン・エッグシェフ!で働いていて、この後、実家の食堂を継ぐのかどうかという状況。
「お客さん減ったよ」と鈴愛に報告する草太。・・・前から減っていた気がするが、減ったり増えたり・・・商売ってそういうものなのだろう。
実家の状況があやふやにしか描かれないのは、主人公が実家をそれほど顧みてない現れ。これはとてもリアルだと思う。鈴愛はほとんど実家に戻ってないのだろう。
「ちょっとええな 遥かな感じがして」と草太は鈴愛の生き方をすこし羨んでみたりもする。いまの鈴愛は実家から「遥か」なところにいるのだ。
鈴愛は、家のお金を草太の進学のために残すために東京に行ったという話を蒸し返す。でも草太は大学を出してもらった意味があまり見いだせないのだが・・・。それもそういうものか。
そして、出た「モータリゼーション」。モータリゼーションといえば「あまちゃん」。
パーティーに行けないシンデレラ
キミカのパーティーに着ようと思っていたレダハー(プラダのもじり?)のワンピースを草太がよかれと思って洗濯して、着ることができなくなってしまった。ドライオンリーなのに洗っちゃってダメになるってあるある。
でも着ていたら、菜生も黄色を着ていたのでかぶるうえ、鈴愛だけやけに目立って気まずい感じがするので着なくてよかったと思う。
ついこの間までよそ行きはカエルワンピしかもってなかった鈴愛だが、ユーコ(清野菜名)に着飾れと言われたことや二次会でカエルじゃモテないことを知ったため、奮発してみたのだろう。
そうやって鈴愛がちょっとずつ知恵をつけ成長しているのを感じるが、人間大きくは変わらない。服をダメにした弟に暴力を振るう。
ここだけ懐かしの昭和家族ドラマに。
あゝ菜生ちゃん
結局、着ていく服がないからとパーティーに行かない鈴愛だった(そんな!)が、キミカ先生が配った冊子(これまで取り上げた赤ちゃんの写真を集めたもの)を見て矢も盾もたまらずキミカに会いに行く(ふつうは会場で配ると思うが、招待状といっしょに手回しよく送っているため、鈴愛が終了したパーティー会場に駆けつけるきっかけとなる無理矢理感は否めない流れ)。
すると、キミカは律が載った専門誌みたいなものをくれる。律が宇佐川(塚本晋也)の下でがんばっていたのは、鈴愛が七夕の短冊に「律がロボットを発明しますように!!」と願ったからだったとキミカに聞いて、鈴愛は駅に向かう。
こういうとき菜生がちょうど現れ、車で連れていってくれる。
ユーコ(清野菜名)は同志で、菜生は便利屋さんのようになっているのが残念だが、こうやってつきあう人を選んでいくのも人の常だ。
とりわけ、故郷を顧みず都会の文化や経済至上主義で自分第一の生き方が80年代のバブルを境に顕著になっていくのだなあとドラマを見ていると感じる。でもそれももう遥か彼方。現在のこの日本の貧しさよ。
「半分、青い。」にはこの後の失われた20年が透けて見える。でもバブルの恩恵を受けた一部の人は当時の貯金で逃げ切る人も少なくないと思う。
5年ぶりの再会
日本が元気で浮かれていた時代のテッパンシチュエーションが描かれる。それは、好きな人を追いかけると反対側のホームにいて、でも電車が来てしまって・・・声が届かない、肩を落として帰ろうとすると、電車に乗らなかった人が近づいてくるというやつ。
北川悦吏子の代表作で豊川悦司や余貴美子が出ている「愛していると言ってくれ」
(95年)の名場面でもあり、17話ですでにこばやんとバスでもやっていた。

鈴愛の場合、ずっと捨てられずに持っている例の笛をここぞとばかりに鳴らす。
左耳が失聴していても、遠くから近づいてくる律の足音が聞こえてくる鈴愛。律の声、律の音は聞き逃さない。それが愛ってやつらしい。
なななんと「愛してると言ってくれ」の第一話は7月7日で、律と鈴愛の誕生日と一緒だった。
鈴愛が締め切りあるのに岐阜に着て、服がないからといってパーティーに行かなかったのは、すべて律ありき。
それは晴も草太も気づいていた。
鈴愛が律を思うモノローグは断然詩的だが、夏虫、柳鼠、若竹という駅名がそれを上回って詩的。
(木俣冬)