ル・マンを走るアマチュアレーサー、その正体は超金持ちのビジネスマン「ジェントルマンドライバー」
どうもみなさまこんにちは。細々とライターなどやっております、しげるでございます。配信中毒25回。ここではネットフリックスやアマゾンプライムビデオなど、各種配信サービスにて見られるドキュメンタリーを中心に、ちょっと変わった見どころなんかを紹介できればと思っております。みなさま何卒よろしくどうぞ。

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2020年一発目となる今回、紹介するのはネットフリックスで配信中の『ジェントルマンドライバー』である。なんのこっちゃというタイトルだが、ジェントルマンドライバーとはレースに参加するアマチュアドライバーのことを指す。
めちゃくちゃ金持ちの企業家とかが、自分でレースカーを運転して耐久レースに参加するのである。

ジェントルマンドライバーとは


『ジェントルマンドライバー』が題材にするのは、FIA 世界耐久選手権 (WEC)というレースだ。耐久と名前がついていることからもわかるように、決められた時間の中でレースカーがコースを何周することができるかを競う種目である。有名なル・マン24時間レースを含み、1シーズンで世界中を転戦する。

耐久レースに、プロドライバー以外が参加することはそこまで珍しくない。俳優のスティーブ・マックイーンがこの手のレースに参加していたことは有名だし、日本人でも1994年には近藤真彦がル・マンに参戦している。現在でも「プロドライバー2人に対してアマチュア1人」という感じで、アマチュアドライバーのおっさんがチームに参加しているのである。
このアマチュアドライバーを、ジェントルマンドライバーと呼ぶ。

プロのドライバーは自動車メーカーやレーシングチームに依頼され、契約金を支払われてレースに出場する。一方でジェントルマンドライバーはチームに出資し、そのスポンサードの対価として出場する。『ジェントルマンドライバー』によれば、ジェントルマンドライバーの1シーズンの出費はおよそ100~500万ドル。シーズンごとに日本円で軽く数億円の金が飛んでいくのに、もし優勝してもジェントルマンドライバーは獲得賞金がもらえない。実態としては、チームのスポンサーがドライバーも兼ねてレースカーに乗っている状態である。


そんな大金がかかるものなので、ジェントルマンドライバーはほぼ全員大企業の経営者だ。このドキュメンタリーに登場するのも、メキシコの保険会社の社長であるリカルド・ゴンザレスをはじめ、ヘルスケア系企業への不動産投資や電子タバコのリキッドの作成・販売、はたまたプレミアムテキーラ「パトロン」の販売と、様々な事業を手がける経営者たちである。

彼らの仕事はそもそも忙しい。プライベートジェットを乗り回して世界中を飛び回り、その合間にレースの練習をして、さらにもちろんレース本番でもチームのドライバーに混じって走るという異次元に多忙な生活を『ジェントルマンドライバー』は見せてくれる。レース前日に本業の契約書でミスが見つかれば徹夜で見直して修正し、寝不足だろうがそのまま出場である。目の前をレースカーがビュンビュン走り回る中で「月曜に会議だから、終わったらすぐアメリカに戻らないとまずいんだけど……」と帰りの飛行機の時間を気にする。
え、レースの次の日って有給とかじゃないんですか……?

ジェントルマンドライバーは、レースへ客を呼び込む広告塔でもある。幼稚園児の頃からカートに乗って腕を磨いたプロドライバーには今更なれないが、おっさんになってから練習してプロと一緒に戦っているジェントルマンドライバーを見ると、ファンは「金さえあれば俺もイケるかも!」と思う。素人とプロの中間地帯にいるジェントルマンドライバーは、ファンにとっては(大金が手元にあれば)自分にも手が届きそうに見える存在なのだ。

ジェントルマンドライバーにとってもレースへの出場は旨味がないわけではない。例えばテキーラなどの酒類は、法律の都合上テレビでCMを打つのが難しいエリアもある。しかし自社のロゴをでかく描いた車がサーキットを数時間にわたってグルグル走り回ってそれが世界中に中継されれば、広告効果は計り知れない。
ジェントルマンドライバーも、単に趣味でチームをスポンサードしているわけではない。大金を突っ込んでレースに出場するのは、それなりに理由があってのことなのだ。

世界最高峰のデキる男たちは、やっぱり意識も高いのだ


ジェントルマンドライバーは、そもそも死ぬほど優秀なビジネスマンばかりである。彼らは業界内でシェアを拡大し、バチバチに戦って自分の会社を大きくしてきた。このドキュメンタリーでは穏やかそうに見えるけど、中身は普通のビジネスマンに比べて圧倒的に闘争心にあふれたおっさんたちである。そんな人たちなので、プロに混じったレースでも一歩も譲らない。
乗っている車がコースを外れてクラッシュしそうになっても、ガンガン攻める。

『ジェントルマンドライバー』に登場する彼らが口を揃えて言うのが、「レースはビジネスに似ている」という点だ。確かに最終的に車を運転するのはドライバーだが、しかしそのドライバーもレーシングチームという巨大な組織の歯車に過ぎない。レースはチームプレーであり、組織がうまく動かないとレースでも勝てない。チームを編成し、交渉し、最終的に競合他社に勝つべく努力するというプロセスは、確かにビジネスに似ているのかもしれない。

『ジェントルマンドライバー』で印象的なのは、経営者兼レーシングドライバーである彼らの圧倒的な意識の高さだ。
最近のネットではすっかり揶揄のニュアンスが強くなってしまった「意識が高い」という言い回しだが、このドキュメンタリーに登場するドライバーたちの意識はもれなく高い。なんせ「母国であるメキシコで保険会社を運営して成功したから、その資金を元手にアメリカからメキシコに大学を誘致し、メキシコの若者に教育の機会を与えたい」とか、そのレベルの意識の高さである。しかも手元にはレースに参加できるくらい元手もあるし、それを稼ぐ能力もある。意識が高いだけでなく、意識以外の能力もおしなべて高いのだ。

さらに彼らは失敗を恐れない。しくじったら最悪死ぬ可能性もあるレースにガンガン参加しているんだから、その恐れ知らずぶりは折り紙つきである。「ビジネスで失敗してそれを克服しているから、レースでのトライ&エラーが怖くない」と劇中でも語られるが、とにかく失敗するのがうまいのだ。もっと言えば、自分の半分くらいの年齢のプロドライバーから助言を引き出し、自分のものにするのもうまい。「チームプレーだから当たり前だ」と当然のようにジェントルマンドライバーたちは語るが、自分より20歳以上年下の人間から教えを乞うのにここまで抵抗がない人たちは、ちょっと珍しいと思う。

彼らは60歳近くなっても「年齢は関係なく、練習量が多い方が勝つ」と語り、トレーニングをし続ける。見てるこっちも、「そりゃこんだけやってりゃ、モリモリ稼いでバリバリレースに出場できるよな……」と納得してしまう。普段は意識低めでボンヤリ過ごしているけれど、年の初めくらいはビシッと頑張って成果を出している人を見て「おれもやるぞ!」と意気込んでみるのもいいかも……。そんな気持ちの人たちにオススメの一本だ。
ル・マンを走るアマチュアレーサー、その正体は超金持ちのビジネスマン「ジェントルマンドライバー」

(文と作図/しげる タイトルデザイン/まつもとりえこ)