中国人向けに日中関連情報を発信している日中通信はこのほど、微信(ウィーチャット)の公式アカウントを通じて、「東京ではなぜ人前で怒り出す人をほとんど見かけないのか」と題する記事を発表した。中国では自国と日本の状況を比較する文章がしばしば発表される。

さまざまな理由があるだろうが、文化の背景が似ているのに状況が大きく異なることについて「なぜそうなるのだろう」との疑問が先立つと考えられる。

筆者はまず「東京でしばらく生活すると、徐々にある細かいことに気づくようになる」と論じた上で、その「細かいこと」とは、「公共の場では、感情をあからさまに表に出す人をあまり見かけないこと」と紹介した。状況によっては人が感情をあらわにする場面を見かけることもあるが、全体的に見ると、そのようなことはまれという。

例えば、混雑している電車内で他人に押されても、すぐに不満を口にする人は少ない。飲食店でサービスが多少遅くても、多くの人はまず「待つ」ことを選ぶ。日常的な場面で人々が自制する状況を目にする。しかも、意図的に自制しているのではない。

多くの場合、一種の習慣であるようだ。日本社会では、子供の頃からある一つのことを繰り返し注意される。すなわち「他人にできるだけ迷惑をかけるな」だ。

そのような環境の中で育つと、人は「その場」ではまず自らの感情を抑え込み、感情を発散させるとしても、後になってからにする。このことは、「公共の空間とは何か」ということについての認識と関係している可能性がある。

もちろんストレスがないわけではないが、自分の感情を公共の場では出さないようにする。もしかしたらよりプライベートな空間では他の方法で感情をあらわにするのかもしれないが、人々は東京の街角で少なくとも表面上は自分の感情が安定しているように振る舞う。

このことは感情がないことを意味するのではないが、その場で自分の感情を示さないことがほとんどだ。(翻訳・編集/如月隼人)

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