◆日々の営みと舞台の思い出
演劇評論それ自体が、芸能となって読者を愉(たの)しませる。口で言うのはたやすいが、そのむずかしさはよくわかる。
戦前、戦時の暮らしを知る矢野は、かつて観(み)た舞台にまつわる思い出を、昭和の風俗とともに活写する。大言壮語や説教教訓、大嫌い。酒場やキャバレーや競馬場やストリップ劇場やデパートが顔を出し、日々のいとなみの大切さが綴(つづ)られる。劇場や寄席はその地続きにあるから、悪所通いはやめられない。
市民のための鑑賞団体、都民劇場の月報のために書かれた短文を集めた。気の向くままと思わせながら、実は巧みに仕組まれた芸である。芸能に優劣などはない。森光子の「放浪記」や伊藤一葉の奇術や中村伸郎の「授業」がいかに、お客をもてなしたかを活写する。かとおもうと文末は、直近、都民劇場が取り上げる舞台に、ひらりと着地する。
軽みのある「オチ」や「サゲ」を見せ、力まない。ひとときの気散じの大切さをよく知る矢野が、澄み切った芸境を見せた。
【書き手】
長谷部 浩
1956 年生まれ。
【初出メディア】
東京新聞 2023年5月14日
【書誌情報】
芝居のある風景著者:矢野 誠一
出版社:白水社
装丁:単行本(214ページ)
発売日:2023-03-16
ISBN-10:4560094934
ISBN-13:978-4560094938