◆勝った側が政治利用する生々しさ
戦国合戦図屏風(びょうぶ)や絵巻は学校教材になっているが、研究が遅れていた。遅れていたと過去形で言えるようになったのは、この本のおかげである。
本書前半の読みどころは、「戦国合戦図屏風」なる絵画形式が如何(いか)に生まれたかが複数の筆者で学術的に論じられている点である。中世の合戦絵巻が近世には合戦図屏風に展開する。日本文化史上、戦闘は如何に絵画化されてきたか、この問題設定は大事だが、時代を長い目でみた論文は少なかった。
本書後半のみどころは、戦争に勝った側が合戦図を制作させ、勝った側の子孫たちが合戦図を政治的アピールに利用する姿を生々しく描き切っている点である。特に興味深かったのが、関ケ原の合戦図・軍記をめぐる岩国の吉川(きっかわ)家の動きである。関ケ原合戦時、毛利氏の大軍は徳川家康本陣の背後の山に居ながら動かなかった。毛利勢は家康本陣を襲わず、その判断は毛利一族の吉川勢が前に立ちはだかって毛利勢を通せんぼうしたためだとされてきた。吉川家は徳川社会を有利に生き抜くため、これを手柄として宣伝した。関ケ原合戦時に先祖がどこに布陣したかは徳川時代の大名家にとって大問題で、関ケ原付近の旧家に家来を派遣して自家に有利な情報を探させ、図も制作されていた。
【書き手】
磯田 道史
歴史学者。1970(昭和45)年岡山市生れ。国際日本文化研究センター准教授。2002年、慶應義塾大学文学研究科博士課程修了。博士(史学)。日本学術振興会特別研究員、慶應義塾大学非常勤講師などを経て現職。著書に『武士の家計簿』(新潮ドキュメント賞)、『殿様の通信簿』『近世大名家臣団の社会構造』など。
【初出メディア】
毎日新聞 2026年5月23日
【書誌情報】
戦国合戦図屛風・絵巻を読む著者:堀 新
出版社:勉誠社
装丁:単行本(448ページ)
発売日:2026-03-10
ISBN-10:4585320822
ISBN-13:978-4585320821