同時代の隣人の気持ちであっても分からないことが多いのに、他の時代や地域に生きる人々の心などどうして知れようか。
この難問に毅然(きぜん)ととり組んだ本書はそれだけで傾聴に値する。
数十年前から社会史研究の拡(ひろ)がりのなかで「心性史」が取り沙汰されていたが、著者の探りたい「心」はそれとは異なり、広大な帝国の統合を支えたものとしてのローマ人の「思い」であった。出自に縛られず社会で上昇できる見通しと希望があれば、生と死をめぐる拠(よ)り所は家族だけではなく家族外の世界にも見出(みいだ)すことができる。
最盛期のローマ帝国において、夥(おびただ)しい数の墓碑、記念碑、肖像が作られた背景には、永遠の憩いに配慮できる時代があったことは忘れるべきではない。少なくとも、「最も幸福だった時代」と人々が伝えようとしていたにちがいない。この「幸福な時代」の指摘は、広大な地域を長期にわたって安定した平和が実現するという人類の願いを考慮すれば、ひときわ重要かつ卓抜な論点を示唆してくれる。
【書き手】
本村 凌二
東京大学名誉教授。博士(文学)。1947年、熊本県生まれ。1973年一橋大学社会学部卒業、1980年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。東京大学教養学部教授、同大学院総合文化研究科教授を経て、2014年4月~2018年3月まで早稲田大学国際教養学部特任教授。専門は古代ローマ史。
【初出メディア】
毎日新聞 2026年5月23日
【書誌情報】
ローマ人の心 古代帝国の実像に迫る著者:南川 高志
出版社:講談社
装丁:単行本(344ページ)
発売日:2026-02-12
ISBN-10:4065420652
ISBN-13:978-4065420652