「わたしが若かったころ「The Whole Earth Catalog(全地球カタログ)」というとてつもない出版物があった。わたしたちの世代のバイブルです」
スティーブ・ジョブズが、スタンフォード大学の卒業生に贈るスピーチの最後に雑誌を紹介する。
それが「The Whole Earth Catalog(全地球カタログ)」だ。
ジョブズはこう言う。
「それはグーグルが35年前に遡って登場したペーパーバック版とでもいうべきもので、理想に燃え、身近なツールと偉大な概念であふれていた」
ジョブスが絶賛する「The Whole Earth Catalog」というのは、どんな出版物なのだろうか?

それを知るのに最適な本が、最近、二つ登場した。
ひとつは、池田純一『ウェブ・ソーシャル・アメリカ』
ウェブの構想は「The Whole Earth Catalog」が提示したビジョンをベースにしている、ということを軸に展開する「ウェブと社会の関わり方」について考察した新書だ。
“ウェブに限らずPCの開発については、その開発初期である1950年代から60年代にかけて基本的な構想が描かれていた。”
そのビジョンを描いた象徴的な人物として、“Appleの“法王”であるスティーブ・ジョブス”“Googleの“全権大使”であるエリック・シュミット”をあげる。さらに、ビジョンの共有を可能にしたのが「The Whole Earth Catalog」である、とプロローグで記述する。

「Whole Earth Catalog」の創刊号は全64ページ。
“ヒッピー向けの雑誌であり、ヒッピーが目指した「意識の拡大」や「新しいコミューン(=カウンターカルチャーにおいて都市から離脱し自然の中に作った共同生活の場のこと)の開始・維持」に繋がるような情報や商品が多数掲載され紹介されていた。そうした情報や商品はいずれもコミューン生活を支えるための「ツール=道具」と捉えられていた。WEC創刊号の副題に“access to tools”とあったのはそのようなツールの紹介が中心だったためだ”

「The Whole Earth Catalog」を創刊した人物は、スチューアト・ブランド。

彼は、66年に「宇宙から見た地球の写真」の公開をNASAに求める運動をした。そう、それ以前には、あの丸い地球の写真は公開されていなかったのだ。
「The Whole Earth Catalog」創刊号の表紙は、「宇宙から見た全地球(The Whole Earth)の写真」である。
“ブランドが広めたWhole Earthという視座こそが現在までの技術開発の想像力、社会変革の想像力を支えてきた”のであり、“Whole Earth=全球という視座から物事を”見ることを、『ウェブ・ソーシャル・アメリカ』は力強く主張する。

もうひとつは、雑誌「idea (アイデア) 2011年 07月号」。「20世紀エディトリアル・オデッセイ」という連載の第1回目に「Whole Earth Catalog」が取り上げられている。
“テキストに加え写真・イラストが大胆に配置されたページ・デザインで、一点一点に識者のコメントが寄せられ、入手先のアドレスが掲載されているのが特徴だろう。シアーズやL・L・ビーンなどの分厚いカタログと、コンシューマー・レポートの視点を合体させたような存在感がある”
「QuickJapan」の編集長をつとめていた赤田祐一、『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』のばるぼらの二人が、対談で「Whole Earth Catalog」が雑誌にどのような影響を与えたかを語る。
“『WEC』は20世紀を動かした一冊であることは疑いないでしょう。『「ポパイ」の時代』の北村耕平インタビューには『WEC』のお金で買えない部分をやったのが『宝島』、お金で買える部分だけやったのが『Made in U.S.A Catalog』とありましたね”
“じゃあ70年代を代表する『遊』『宝島』『ポパイ』の三誌全部に影響を与えたことになるんですね。”
26ページの記事のなかに、これでもかと情報が詰め込まれている。「Whole Earth Catalog」、影響を受けた雑誌、関連書籍が紹介されている。
書影やページの写真も豊富で、読み応え、見応えがある。

ジョブスは、「The Whole Earth Catalog」最終号に書かれたフレーズを引用してスピーチを終える。
「stay hungry,stay foolish.(ハングリーであれ、馬鹿であれ)」
(米光一成)
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