二宮和也が写真に触れる手指で見事に“生”表す『浅田家!』
(c)2020「浅田家!」製作委員会

二宮和也ら“本当の俳優”が出演『浅田家!』

二宮和也主演の『浅田家!』(中野量太監督)は、実在する写真家の半生を元にした映画。「事実は小説より奇なり」という言葉がふさわしい作品だ。

【レビュー】嵐の世界進出 「Turning Up」の舞台裏

写真家・浅田政志(二宮)は、子供のときに父・章(平田満)にカメラをもらったことをきっかけに写真家を目指す。
最初は何を撮ろうか迷っていたが、家族が各々なりたかったものに扮する作品を撮り始め、それが書籍になり、写真界の芥川賞こと木村伊兵衛写真賞を受賞と着々と前進していく。

その矢先、2011年3月、東日本大震災が起こり、政志は、以前、写真を撮った家族の行方を探しに岩手に向かう。そこで、津波で泥だらけになった写真を洗って持ち主に返却するボランティアを行っている青年・小野陽介(菅田将暉)と出会い、手伝いをはじめる。

劇場用パンフレットのインタビューで中野量太監督が「浅田さんが戦場カメラマンのようなタイプの写真家ではなく、温かく面白い写真集を撮っている写真家だったからこそ、彼を通して3.11を描けると思いました」と語っているのだが、浅田政志は戦場の写真を撮るのではなく、震災に遭った無数の写真を洗浄する。

故郷の三重県で消防士、極道、レーサー……、父、母、兄、弟の4人がいろいろな職業に扮したユニークな写真を撮っていた写真家が、東北で、写真の復元に尽力するという、人生とはなんとも思いがけない。悲しいエピソードも描かれながらもこんなにも爽やかな気持ちになれる作品もなかなかない。
そこも含めて、思いがけない風が吹く映画である。

写真家・浅田政志の“生”を二宮和也が写真に触れる手指で表現

二宮和也が写真に触れる手指で見事に“生”表す『浅田家!』
(c)2020「浅田家!」製作委員会

物語の前半は、この親にしてこの子ありと説得力のあるたくましい父と母・順子(風吹ジュン)と奔放な家族のなかでなぜかひとりだけ無個性の苦労人の長男・幸宏(妻夫木聡)と主人公・政志の愉快なホームドラマ調。懐の広い家族に育まれて政志は写真家として生きる道を見つける。

後半は、写真家として成功しはじめた折、震災によって人々の価値観ががらりと変わってしまったとき、政志は写真の復元に従事することで、写真が家族や友人を失った人たちの寄る辺となることを実感し、自分の仕事の役割を再認識する。

前半と後半のテイストがまるで違うような気もするけれど、「写真」と「家族」が両者をしっかりとつないでブレていない。自分の成すべきことを写真と家族に見出した主人公は歳をとっても髪型をどんなに変えても、心はどんどん強く太く鍛えられ、ブレない力を獲得していく。

政志は最初のうち、髪やひげをのばし山男みたいな風貌をしている。
童顔にそれが申し訳ないが似合わないような、無理しているような印象も受けるが、彼がカメラで何を撮るか、自分なりの題材を見つけ、徐々にそれが世の中に認められていくようになると、表情が安定していくように見える。

ロン毛やヒゲや外観で自分を飾らなくてもよくなっていく人物の変化を二宮和也がじつに素直に演じている。以前、彼が主演した料理人としての成長を描いた『ラストレシピ』でも、最初は才能がありながら道に迷った末、見つけたアイデンティティーを、料理の手付きが堂々と自然になっていく様で見せていた。『浅田家!』でも再び、その人物の“生”を、生活に根ざした身振りで表す。今回は写真に触れる手指だ。

二宮和也が写真に触れる手指で見事に“生”表す『浅田家!』
(c)2020「浅田家!」製作委員会

たくさんの泥が付着した写真を水につけてそっと汚れを拭うことは、写真家がフィルムを現像することと近いと感じる政志。
デジタル主流の現代だとあまり見られなくなってきた光景だけれど、昔、写真はプリントしていて、その作業の仕上げに、流水で定着液を洗浄した。

長くやってきたからこそわかる洗浄の勘所、そして繊細な写真への愛情が、政志の指から伝わってくる。彼は、他者の思い出を再生すると同時に、自分にとっての写真とも改めて向き合う。家族も写真も仕事も、あらゆる思い出が人々の生きる糧になることが、写真の洗浄と、それを展示していく場面から強く感じられる。

実力のある“本当の俳優”が魅力的に「家族」を演じる主人公の思い出であり生きる糧である、彼を取り巻く人達が全員魅力的。どういうわけか妻に働かせて家でふらふらして、料理をしたり写真を撮ったりする自由なお父さん、看護師として家計を切り盛りしているしっかり者のお母さん、自由な弟に比べてなにかと割を食う人の好い長男。
彼らは、家族写真を撮るとき、じつに芸達者だ。普段もそれなりにユーモラスな言動をしているが、写真に写るときのなりきり仕草は格別。普段、地味な兄すら写真のなかではいい演技をして輝いている。もしかしたら、彼にとって冴えないと思っている現実は偽りで、写真のほうが真実かもしれないと思えてくる。なにしろこの家族写真のコンセプトは「なりたいものになる」ことだから。

政志が浅田家以外の家族写真を撮るときも、目に見えるそのままを撮るのではなく、演出を施す。
それは決して嘘いつわりではなくホンモノだ。やりたい姿になった誇らしい顔、最高の瞬間に感じる嬉しい顔、ひとときの現実を忘れた安らぎの顔……。だからなのか、政志は被災地に入ったとき、記録写真を撮らない。ただただ住人たちが撮った写真を洗うのだ。彼の行動の対比として、取材に来て写真を撮っている報道カメラマンらしき人物たちが出てくる。もちろんその時その場の記録を残すことも大事ではある。
だが、おそらく政志は写真にそれを求めてないのだろうと感じさせる場面だった。

二宮和也が写真に触れる手指で見事に“生”表す『浅田家!』
(c)2020「浅田家!」製作委員会

写真に写るときと日常との差異。それを明確に突きつけられてはっとさせられる場面もあり、出演者がいかに演技巧者であるか痛感する。政志に最高の写真を撮ってもらって以来、彼を想い支え続ける恋人・川上若奈(黒木華)の、ある勝負に赴く服と靴は、田舎から東京のアパレルに就職している女性のディテールを、わざわざ物語らずとも彼女のこれまでの人生と嗜好を静かに伝えてくる。

また、岩手で写真を復元し続ける小野を演じる菅田将暉は、マルチに活躍する人気俳優・菅田将暉色が抑えめで、出てきた瞬間、なんなら妻夫木聡がいるのかと思うような、いい意味の地味さだ。

『浅田家!』で感じるのは、地味でも確実な足跡を残すことが本当の俳優なのだということ。平田満、風吹ジュン、妻夫木聡、黒木華、菅田将暉、北村有起哉、渡辺真起子、池谷のぶえ……この映画にはそういう人ばかり出ている。隣にいるひとの底力。人気アイドル嵐の二宮和也すら、そうなのである。

妻夫木、二宮、黒木、菅田は全員、出たくてもなかなか出演できないハードルの高い巨匠・山田洋次監督の映画に起用されている若い世代の俳優である。日本人の心の平均値を演じることのできる俳優が『浅田家!』にも集まったと言っていい。彼らに共通するのはスター性ではなく、堅実さ。浅田家の人たちは、日常とは違う、特殊な職業を愉快に演じて見せるが、俳優たちは映画のなかで、特別ではない、日常にあふれている生活者たちの姿を演じて見せる。それは共感を呼ぶことに限らない。違う側面を彼らが演じることで、ひとつの事象にいくつもの可能性という希望を照らし出すのである。

見終わって劇場を出たとき、くすんだ世界が少しだけ違って見えた。
(木俣冬)

作品情報

『浅田家!』
全国東宝系にて公開中

二宮和也が写真に触れる手指で見事に“生”表す『浅田家!』
(c)2020「浅田家!」製作委員会

出演:
二宮和也

黒木華 菅田将暉 風吹ジュン 平田満
渡辺真起子 北村有起哉 野波麻帆
駿河太郎 池谷のぶえ 松澤匠 篠原ゆき子 後藤由依良

妻夫木聡

原案:浅田政志『浅田家』『アルバムのチカラ』(赤々舎刊)
監督・脚本:中野量太『湯を沸かすほどの熱い愛』
脚本:菅野友恵
音楽:渡邊崇
エンディング・テーマ:「’S Wonderful」THE SKA FLAMES

配給:東宝
(c)2020「浅田家!」製作委員会

公式サイト:https://asadake.jp/index.html

【レビュー】二宮和也 嵐の活動に加えて、自然ながら役柄の印象をはっきりと残す演技で役者としても存在感示す
【レビュー】大野智 『鍵のかかった部屋』での好演などで見せる、誰にも代わることができない大野ワールド

【レビュー】『志村どうぶつ園』最終回 相葉雅紀、“芸能界の父”志村けんと絆を深めた16年半