◆第93回日本ダービー・G1(5月31日、東京競馬場・芝2400メートル)

 競馬の祭典、第93回日本ダービー・G1(31日、東京)に、右鎖骨骨折から復帰する岩田康誠騎手(52)=栗東・フリー=が、騎手時代にダービー3勝の福永祐一調教師(49)=栗東=の管理するアスクエジンバラと挑む。コラム「熱血!!競馬道」特別版で、自身2度目の頂点を狙う思いを熱くつづった。

 いよいよ、アスクエジンバラと挑む日本ダービーです。栗東トレセンが休みだった25日も会いに行きました。機嫌が良さそうでしたし、何より元気いっぱい。ホッとひと安心しました。

 皆さんが気になるのは鎖骨を骨折した右肩の状態でしょう。今月17日。あの落馬した瞬間【注1】から意識はなく、気づいた時は病院の診察台でした。ただ、右手を握った時の感覚はしっかり伝わり、頭も足も首も問題ない。これなら大丈夫―。すぐに決めました。

 あとは1分でも1秒でも早く治すだけ。2日後の19日に患部を固定するプレートを入れる手術を受け、23日から調教に戻りました。

異物が入っているだけに、多少の違和感はあります。ただ、負荷をかけた24日の追い切りで右腕をしっかり動かしましたが、今も痛みはありません。

 自分の感覚では、たかが鎖骨一本なんです。まだ地方騎手時代の04年12月。園田競馬場でゲートを出た直後、前のめりに頭から落馬しました。地面に叩きつけられた瞬間、首から下の力がフワッと抜けたような感触。あれは今でも頭をよぎることがあります。頸髄(けいずい)のけがで1か月も下半身が動かない。感覚がない。「もうジョッキーはできない…」と絶望感しかありませんでした。あのつらさに比べれば、今回は全然です。

 決して一人じゃありません。

骨折後に電話した福永調教師、広崎(利洋)オーナーは2人とも「待っています」と。本当にうれしかった。そして、何よりエジンバラが待ってくれている。昨秋から約8か月、追い切りだけでなく、それ以外の軽い調教もほぼ乗ってきました。つきっきりで、苦楽をともにした相棒と祭典へ向かえる。騎手として、こんな幸せなことはないですし、これが最後かもしれません。

 今は30代から40代前半の頃のようにG1で次々とオファーは来ません。世間から「もう終わった騎手」と聞くこともあります。ただ、技術や体力は当時以上。何より、馬を思う気持ちも誰にも負けない。人間が押しつけるのではなく、同じ目線で向き合いたいんです。

 G1は人と馬が一緒にならないと取れません。

しかも、ダービーなんです。12年のディープブリランテ【注2】も中間からつきっきりの調整を志願しました。あの鼻差は気持ちの勝利だと思います。今回はあの時の感覚と重なるんです。

 先週末は競馬に乗れず、早朝からエジンバラの馬上でより多くの時間を過ごせました。この骨折はもっと向き合えよということなのかな、と今は思っています。ずっと見てきた舞台まで、あと5日。1秒も無駄にはできないし、とにかく悔いを残したくない。究極の人馬一体を目指して、自分ができるすべてを注ぎ込みます。(JRA騎手)

 【注1】17日の京都3Rで騎乗していたウィムーヴが1コーナー手前で故障を発症。落馬で叩きつけられ、後続の馬とも接触し、右鎖骨を骨折する重傷を負った。

 【注2】岩田康はNHKマイルCで騎乗停止処分を受け、ダービーまでの3週間は栗東で調教に騎乗し続けた。

レースは好位から早めに抜け出したが、外からフェノーメノが強襲。何とか鼻差でしのいだ。

 ◆G1で健闘の実力馬 アスクエジンバラはメンバーで最多キャリアの8戦を誇る。皐月賞を12番人気で4着と好走し、逃げ切ったロブチェンとは0秒3差だけ。同じ舞台でG1初挑戦だった昨年末のホープフルSでも9番人気ながら3着と健闘。世代上位の実力を示してきた。

 ◆けがを乗り越えて活躍した主なアスリート

 ▼野球・金本知憲 04年7月29日の中日戦で左手首に死球を受けたが、翌30日の巨人戦に座薬と痛み止めの注射をして臨んで右手一本でヒットを打った(後に骨折が判明)。1492試合連続フルイニング出場がギネス記録に認定され、「鉄人」の異名を持つ。

 ▼サッカー・宮本恒靖 02年5月30日、W杯開幕を翌日に控えた練習試合で相手選手と接触して鼻骨骨折。フェースガードを着用、日本代表初のベスト16入りに貢献。「バットマン」として話題を呼んだ。

 ▼スノボ・平野歩夢 26年2月のミラノ・コルティナ五輪に向けた1月17日、スイスでのワールドカップで板が折れるほど激しく転倒し、骨盤など複数箇所を骨折。

五輪では予選を突破し、2月13日(日本時間14日)の決勝でも高難度の大技を出して転倒もしたが7位入賞。

 ◆岩田 康誠(いわた・やすなり)1974年3月12日、兵庫県生まれ。52歳。91年に地方の兵庫競馬でデビュー。兵庫リーディングに4度輝き、2006年からJRAに移籍。11、12年にはJRA賞の最多勝利騎手賞を獲得する。JRA通算1861勝。重賞はG125勝を含む116勝。海外でも12、13年の香港スプリント(ロードカナロア)などG1勝利がある。次男の岩田望来(みらい)もJRA騎手。

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